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東京高等裁判所 平成8年(う)1013号 判決 1998年1月19日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

被告人から金二、二七〇万円を追徴する。

訴訟費用中、別紙第一記載の分は被告人の負担とする。

理由

原審弁護人の控訴の趣意は、弁護人伊藤卓藏、同八代宏連名作成名義の控訴趣意書及び弁論要旨に、これに対する答弁は、検察官長井博美が提出した検察官佐渡賢一、同山本修三、同長井博美連名作成名義の答弁書に各記載されたとおりであり、検察官の控訴の趣意は、検察官長井博美が提出した検察官甲斐中辰夫作成名義の控訴趣意書及び検察官長井博美作成名義の弁論要旨に、これに対する答弁は、弁護人伊藤卓藏、同八代宏連名作成名義の答弁書に各記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一  本件公訴事実及び原判決事実認定の各要旨

一  本件公訴事実の要旨

被告人は、昭和五八年七月五日から昭和六一年六月一六日までの間、文部省初等中等教育局(以下「初中局」という。)の局長(以下「初中局長」という。)として、教育課程・学習指導法等初等中等教育のあらゆる面について、教育職員その他の関係者に対し、専門的・技術的な指導と助言を与えること、初等中等教育における進路指導に関し、援助と助言を与えること、文部大臣の諮問機関である教育課程審議会に関することなどの同局の事務全般を統括する職務に従事し、その後、同月一七日から昭和六三年六月一〇日までの間、文部事務次官として、文部大臣を助け、省務を整理し、同省各部局等の事務を監督するなどの職務に従事していたものであるが、昭和六一年九月三〇日ころ、東京都千代田区霞が関三丁目二番二号所在の文部省文部事務次官室等において、高校生向けの進学・就職情報誌を発行して、これを高校生に配布するなどの事業を営む株式会社リクルート(以下「リクルート」又は「リ社」という。)の代表取締役社長をしていた原審分離前相被告人乙(以下「乙」という。)及びファーストファイナンス株式会社(以下「ファーストファイナンス」という。)の代表取締役社長をしていた原審相被告人丙(以下「丙」という。)から、リクルートが、被告人から、同社の行う右進学・就職情報誌の配布に関して高校の教育職員が高校生の名簿を収集提供するなどの便宜を与えていることについての対応及びリクルートの事業遂行に有利な同社役職員の前記教育課程審議会等文部省所管の各種審議会・会議の委員等への選任につき、種々好意的な取計らいを受けたことに対する謝礼並びに今後も同様の取計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、同年一〇月三〇日に社団法人日本証券業協会に店頭売買有価証券として店頭登録されることが予定されており、右登録後確実に値上がりすることが見込まれ、乙らと特別の関係にある者以外の一般人が入手することが極めて困難である株式会社リクルートコスモス(以下「コスモス」という。)の株式を、右店頭登録後に見込まれる価格より明らかに低い一株当たり三、〇〇〇円で一万株譲り受けて取得し、もって自己の前記職務に関して賄賂を収受した。

二  原判決事実認定の要旨

1  認定した犯罪事実の要旨

被告人は、前記公訴事実記載の職務に従事していたものであるが、昭和六一年九月上、中旬ころ、同記載の文部省事務次官室において、乙及び丙から、リクルートの行う進学情報誌の発行事業の遂行にとって利益となる同社役職員の教育課程審議会等文部省所管の各種委員会・会議の委員への選任に対する謝礼及び今後も同様の取計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、同記載のコスモスの株式を、右登録後に見込まれる価格より明らかに低い一株当たり三、〇〇〇円で一万株譲り受ける旨了承し、同月三〇日これを取得し、もって自己の前記職務に関して賄賂を収受した。

2  本件公訴事実中、一部の職務行為が認定できないとした理由の要旨

本件公訴事実中には、乙及び丙の被告人に対する本件コスモス株譲渡の趣旨として、前記1で認定した「リクルートの事業遂行に有利な同会社役職員の前記教育課程審議会等文部省所管の各種審議会・会議の委員等への選任につき、種々好意的な取計らいを受けたことに対する謝礼並びに今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨」のほか、「リクルートが行う進学・就職情報誌の配布に関して高校の教育職員が高校生の名簿を収集提供するなどの便宜を与えていることについての被告人の対応に対する謝礼並びに今後も同様の取計らいを受けたい趣旨」が挙げられているところ、検察官は、対象情報誌を高校生向け進学情報誌に限定した上、被告人の「右対応」の点につき、その内容を敷衍して、「リクルートの高校生向け情報誌は、その内容に誇大なものがあったこと、無認可校の生徒募集広告が混然と掲載されていること、同情報誌が宅配されるため高校教諭がその内容を把握できないこと、高校生リストを特定私企業に提供することには生徒のプライバシー保護の面においても問題があることなどが指摘され、批判されていたのであるが、文部省としては、高校生リストの提供等について実態調査を行い、これらの問題を是正するための各種の行政措置を採ることができたにもかかわらず、数次にわたり、国会での質疑やマスコミ報道によって問題点を指摘されても自ら積極的に実態を把握しようとはせず、リクルートの高校生向け情報誌事業に影響を与えるような措置を何ら採らなかった」として、被告人の不作為の問題性を主張する。

しかし、検察官主張の不作為としての職務行為のうち、進学情報誌における誇大広告掲載問題及び無認可校広告掲載問題については、文部省としての対応が行われている。すなわち、文部省は、① 昭和五九年四月ころ以降、財団法人専修学校教育振興会が進学情報誌の誇大広告問題に対処するため、高校側と専修学校側が協力して公的な専門学校情報誌の発刊を検討するための「専門学校進学情報委員会」を設置することにつき、専修学校教育の振興に関する事務を所掌する管理局企画調整課専修学校企画官を関与させるとともに、設置後は、同企画官及び初中局職業教育課進路指導担当教科調査官を右委員会の会議に助言指導者として出席させていた。② 初中局職業教育課において、昭和六〇年六月開催の文部省主催の各学校の進路指導主事を対象とした中央講座のカリキュラムに専修学校情報等についての講義を盛り込み、また、同年一〇月に文部省が発行した「中学校・高等学校進路指導の手引 第一六集 主体的な進路選択力を育てる進路指導―進学指導編―」(以下「進路指導の手引」という。)に、「情報企業の提供による資料に依存しすぎている実態がある。」、「独自の進路指導の手引を作成するなど創意工夫が望まれる。」、「多数の媒体業者により提供される情報資料の量は多いが、高等学校側にとって進路指導上必要な情報の内容に関するものが少ない。」等の記載をした。③ 高等教育局においても、予算化を得て、昭和六一年一月二三日、専修学校の生徒募集の適正化や高校における専修学校への進路指導の充実のための方策等を調査研究することを目的として、同局に「専修学校教育の改善に関する調査研究協力者会議」を設置したところである。したがって、これらに関して不作為があったとの指摘は当たらない。

問題は、原判示第三章第一の一4(一)ないし(五)に認定した批判からも明らかなように、高校生リスト収集にまつわる諸弊害に対処するための行政措置(実態調査を含む。)を採らなかったことの不作為が賄賂罪における「職務」に該当するかどうかである。

文部省は、本件を含むいわゆるリクルート事件発覚後の平成元年二月一三日、初中局長(古村澄一)名義で各都道府県教育委員会教育長、各都道府県知事等宛「高等学校における進路指導の充実について」との通知を発出し、これに関する留意事項の一つとして、「企業の行う進路希望調査については、生徒の名簿等を利用することにより営利を得ることを目的としているものには協力しないようにすること。」との指摘をし、右通知の本文には、「最近、いわゆるリクルート問題に関連した種々の報道がなされており、生徒に対する指導や保護者との連絡を進める上で、進路指導の在り方について見直しを行うなどの必要が生じております。」との記載があり、この通知発出のころは、文部省、とりわけ初中局において、検討がなされた結果として、進路指導のあり方について見直しを行う必要性が現出していたとの状況認識があったものと推認することができる。

ところが、本件は、右を遡る三年近く前における文部省内の動向が問題とされているのであって、本件全証拠によっても、当時、高校生リスト問題について、局議、課議等で議論、検討等された事跡は全くなく、いわんや被告人が、事務次官若しくは初中局長として右問題を承知しながらことさら検討を回避させる指示等を行った事跡もない。検察官の主張は、平成元年当時の右通知発出の事実を捉えて本件当時にもこのような通知を発出できた筈だというのであるが、問題は、文部省において、当時、この種の通知を発出するなどの行政措置を講ずるのを相当とする状況認識に至っていたかどうかである。確かに高校生リスト収集問題に対する批判が公刊物に掲載され、これが文部省内にも達していたと推認できる上、前記進路指導担当教科調査官は、頻繁にリクルート関係者等と接触していることにより、この問題の所在を把握し、同調査官なりの対策等を課内の者に話したことも認められるが、これが職業教育課、ひいては初中局においてとりあげられることもなく、右リスト問題を検討対象とする動きが当時文部省内にあったか疑いが残るといわざるを得ない。換言すれば、何らかの行政措置を、義務として採るべきか、裁量として採るのが相当かどうかを検討するに適する状況があったとは認め難いと考えられる。してみると、何らかの行政措置を採るのが相当であったとして、当該行政組織を掌理する立場にある被告人の不作為を職務行為として捉えるのは困難であると解するほかなく、検察官のこの点に関する主張は失当である。

第二  本件事実関係

本件においては、弁護人及び検察官双方の各控訴趣意書等を通じて、本件事実関係の諸点につき、異なる見解が主張されているため、まず、本件事実関係全体について、これを把握する必要があるところ、原審記録及び証拠物を精査し、当審における事実調べの結果をも併せて検討し、関係証拠を総合すると、以下の事実が認められる

一  リ社進学情報誌事業の実態

1  進学情報誌事業と教育機関広報事業部の新設

リ社は、従来、企業から掲載料を得て、大学・高校等の卒業予定者を対象とする求人広告誌を発行し、これを大学・高校の卒業予定者に無料で配布する事業を行ってきたが、昭和四五年九月、私立の大学・短大、専修学校・各種学校等(以下「専修学校等」という。)から掲載料(広告料)を得て、進学希望の高校生向けの生徒募集広告等を掲載する進学情報誌「リクルート進学ブック」を発行し、これを高校の進学希望者に無料で配布する事業を開始し、同年一二月、右事業の担当部署として、教育機関広報事業部を新設し、教育機関広報事業に本格的に乗り出したところ、昭和五一年に、学校教育法が改正されて、専修学校が法的に制度化された後、専修学校等が飛躍的に増加したことから、専修学校等を広告主とする進学情報誌事業に力を注ぐようになった。

2  「高校生リスト」「宅配方式」

そして、昭和五四年ころから、進学情報誌を高校生に効率よく配布し、利用度も高める方法として、各高校の進路指導担当教諭の協力を得て、生徒(二年生)を対象として、氏名・住所・進学希望校等を記入させる進路希望アンケートを実施し、回収した回答紙(「高校生リスト」又は「リスト」と称していた。)に基づいて、当該生徒の希望に副った進学情報誌を自宅に直接配達するいわゆる「宅配方式」による配布を開始した。この「宅配方式」は、リ社にとって、余分な情報誌を発送しないで済むので、コストが抑えられ、また、高校生側からみても、進路希望に応じた情報誌が配布されるので、利用度も高まり、さらに、専修学校等側からみても、広告効果が高まるという大きな利点があり、効率的なものであった。

3  進学情報誌事業の伸張

また、昭和五七年一一月には、高校生向け進学情報誌配布の担当部署として、進路情報部を新設し、リスト収集・宅配を全国的に展開し、大量のリストを入手し、宅配を効果的に行ったことなどから、これらが専修学校等の顧客に対する大きなセールスポイントとなり、昭和五八年春に広告掲載料金を約1.4倍に値上げしても、専修学校等からの広告受注高は順調な伸びを見せ、教育機関広報事業部門の売上は、昭和五五年度=約六九億円(前年比約三三パーセント増)、同五六年度=約八二億円、同五七年度=約九七億円、同五八年度=約一二一億円、同五九年度=約一三二億円と年々増大し、同六〇年度には、高校卒業予定者約一六七万人の72.4パーセントに当たる約一二一万人分のリストを収集して、約一八六万部を宅配し、その売上高は、リ社全体の売上高一、三〇六億円の約11.3パーセントを占める約一四八億円にも達し、そのシェアも、業界第二位の株式会社中央企画センター(年商約三六億円)を遙かに引き離し、全国的規模で展開する独占的事業となっていった。(なお、その後の売上高は、同六一年度=一四九億円、同六二年度=約一六一億円、同六三年度=約一八五億円と、伸び続けたが、いわゆるリクルート問題発覚後の平成元年度は、約一三五億円となり、初めて前年度を下回るに至った。)

4  「高校リレーション」「全高進リレーション」

しかして、リ社進学情報誌事業においては、高校生リスト収集が最重要視され、そのためには、各高校の進路指導担当教諭の継続的な協力を得ることが不可欠であったことから、リ社は、各高校の進路指導担当教諭等との親密な関係を築いて、事業遂行に必要な支援や協力を求めるとともに、有益な情報を入手することに努め、「高校リレーション」と称して、進路情報部所属の社員が、各高校を頻繁に訪問し、進路指導担当教諭等に、リスト収集への協力方を依頼し、文房具や、リ社発行の進路指導担当教諭向け情報誌「キャリアガイダンス」を無料で配布するなどの活動をしていた。また、全国の高校の進路指導担当教諭らが組織する任意団体である全国高等学校進路指導協議会(以下「全高進」という。)や、その傘下のブロック組織である関東地区高等学校進路指導協議会(以下「関高進」という。)等は、現場の進路指導担当教諭に対して影響力を持つため、昭和五八年一月ころから、いわゆる「全高進リレーション」と称して、その有力幹部(A全高進事務局長、B関高進常任理事等)に対して、いわゆる「べちょべちょ作戦」と称する飲食接待や、中元・歳暮等の贈答を行い、全高進・関高進等が催す大会等において、賛助金の拠出、会議場等の無償提供(例えば、昭和五八年及び五九年の各全高進大会に、リ社ビル会議室を提供した。)、案内状の発送、湯茶の提供、大会後の懇親会の設営等を行うなどして、全高進幹部らとの間では、極めて親密な関係をつくりあげていた。

5  「文部省リレーション」

さらに、リ社は、昭和五七年ころから、「文部省リレーション」と称して、高校における専修学校等への進路指導問題を所管する初中局職業教育課所属の職員(課長、課長補佐、教科担当調査官等)や専修学校等に関する事項を所管する高等教育局私学部私学行政課の専修学校企画官等に対して、飲食・ゴルフ等の接待を頻繁に行うようになり、また、文部大臣官房長・初中局長・文部事務次官を歴任した被告人に対しても、高級料亭・ゴルフ場等の接待をはじめ、中元・歳暮・年賀等の贈答を行い、被告人の昇任・子息の結婚等に祝儀を贈ったりした。そして、昭和五九年一〇月ころからは、リ社進路情報部のC次長(以下「C次長」という。)が、文部省の初中局長室に、月に一、二回、予約なしに出入りし、被告人に、「キャリアガイダンス」等を届け、その内容を説明するなどして接触し、リ社は、これらにより、文部省との間にも、親密な関係をつくりあげるとともに、文部省職員から、進学情報誌事業に関する情報等を得ることにも努めていた。

二  リ社進学情報誌事業に対する各方面からの問題指摘・批判等

1  行政管理庁の監察

行政管理庁は、昭和五二年度に、専修学校等の設置運営状況等についての地方監察を実施した結果に基づき、昭和五三年四月一九日付行政監察局長名義の文部大臣官房長宛「専修学校及び各種学校の設置、運営に関する地方監察の結果(参考通知)」と題する書面により、文部省に対し、「専修学校の募集広告中に、入学者に誤解を与えるおそれのあるものが存在する」旨を通知し、また、昭和五五年度の定期調査を行った結果に基づき、昭和五六年三月、行政管理庁行政監察局作成名義の「昭和五五年度新規行政施策の定期調査結果(Ⅰ)」と題する書面により、文部省に対し、「専修学校の中には、基準を遵守しておらず、必ずしも制度の趣旨が活かされていない実態もみられるので、入学者が不利益を被ることにならないよう専修学校の運営の実態把握に努めるとともに、必要に応じて適切な指導を行う必要がある」旨を通知した。

2  高校教諭等の批判

リ社が宅配を開始した昭和五四年ころから、一部の高校教諭等より、リ社に高校生リストを提供することは、特定の私企業に対する便宜提供となり、高校生のプライバシー保護の面でも問題がある(以下「高校生リスト収集問題」という。)、進学情報誌が高校生の自宅に直接宅配されることにより、進学情報誌の内容を高校教諭が把握できないため、生徒に対する適切な進路指導教育が阻害される(以下「宅配問題」という。)、リ社の進学情報誌には、誇大な広告が掲載されている(以下「誇大広告掲載問題」という。)、無認可校が認可校と誤解されるような広告が掲載されている(以下「無認可校掲載問題」という。)などの問題点が指摘されるに至っていたところ、昭和五七年四月ころ、かねてから、リ社進学情報誌事業に批判的であった埼玉県所沢地区の高校一一校の進路指導担当教諭らが、狭山ケ丘高校のD教諭(以下「D教諭」という。)をリーダー格として、所沢地区進路指導協議会を結成し、リ社に協力しない旨の申合せを行い、同年九月ころ、リ社に対するリスト提出拒否の動きが生ずるに至った。

そして、全高進が毎年夏に開催する全国高等学校進路指導研究協議大会(以下「全高進大会」という。)の昭和五八年大会第三分科会(専修学校進学)において、千葉商業高校の深田求教諭から、「高校生リスト収集問題」、「誇大広告掲載問題」等をとりあげて、リ社を批判する意見が述べられ、これに同調する形で、D教諭が、助言者として出席していたリ社のE進路情報部長に対し、「リ社進学情報誌は、広告掲載料金が高すぎ、誇大広告が掲載されている」、「業者が全高進大会の助言者として出席しているのは問題である」などと発言し、所沢西高校の渡辺重一教諭及び豊岡高校(埼玉県)の板倉肇教諭からも、同様の発言が出るに及び、現場の高校教諭間におけるリ社進学情報誌事業に対する批判が激化するに至った。

また、全高進昭和五九年大会第三分科会において、千葉県京葉高校のF教諭(以下「F教諭」という。)から、「千葉県での専修学校・各種学校等の入学者に対するアンケート調査実施について」と題する資料に基づき、後記千葉県主事会が実施したアンケートの結果についての説明が行われた。

ところで、千葉県内の高校の進路指導担当教諭が組織する千葉県高等学校教育研究会進路指導部会(約二〇〇校が加入する全高進及び関高進傘下の団体、以下「千葉県主事会」という。)は、昭和五九年二月から五月にかけ、その前年及び前々年に県内高校を卒業して、専修学校等に進学した者を対象に、進学先を決定する際に参考とした資料及び進学後の学習状況について、アンケートを実施し、その結果を同年一二月に公表したが、それによると、東京都内の専修学校等に進学した者のうち、約七一パーセントが、進学情報誌の広告によって進学先を知り、入学したこと、また、進学情報誌に掲載された広告では、認可校と無認可校との区別が曖昧であったため、無認可校へ入学した者のうち、約七〇パーセントが、自分の入学した学校が認可校であると誤解して入学した、などの実態が明らかとなった。そして、昭和六〇年五月一日の千葉県主事会理事会において、F教諭から、前記アンケートの結果を踏まえて、「千葉県主事会は、『進学情報誌の生徒への宅配は一切認めない』『生徒名簿は利潤追求を目的とする組織には提供しない』『教育研究機関以外の組織が行う生徒対象の進路希望調査には一切応じない』などの申合せをすべきである」旨の提案がされた。

しかし、その後、F教諭の右提案は、後記四3のとおり、リ社による千葉県主事会の有力者に対する働き掛けが行われたため、多数の支持を得るに至らず、同年六月七日ころ、同理事会において最終的にまとまった申合せ案は、F教諭の当初の提案から後退した「アンケート・名簿提供には、原則として協力しないが、具体的には、各高校において十分検討の上対応する」旨の内容となり、これが、同月一二日、主事会総会に提案されて、採択されるに至った。

さらに、同年七月三〇・三一日開催の全高進昭和六〇年大会第三分科会において、日体桜華女子高校のG教諭(以下「G教諭」という。)から、「専門学校進学指導の現状と課題」と題する資料に基づく研究報告が行われ、その中で、業者に対する生徒名簿提供をやめるべきである旨の意見が表明され、また、同大会に参加したF教諭が、第三分科会及び全体会において、前記千葉県主事会の申合せの内容を紹介し、「高校側から進学情報誌発行業者に生徒名簿を提出することを禁止すべきである」旨の発言をしたが、後記四4のとおり、リ社による全高進の有力者らに対する働き掛けが行われたため、いずれもとりあげられるに至らなかった。

3  マスコミの批判等

リ社進学情報誌事業に対するマスコミの批判等は、昭和五六年ころから行われるようになったが、その主なものは、以下のとおりである。

(一) 業界紙

① 専門学校新聞は、昭和五六年ころから、継続的に、リ社批判記事を掲載した。例えば、昭和五六年三月一日付「進学情報誌に無認可校と認可校を一緒くたに掲載すべきでない」、同年一二月一五日付「無認可校武蔵野ビジネス学院の倒産・無認可校を認可校と誤認」、昭和五七年一月一五日付「進学情報誌の宅配を問題視」、同年八月一五日付「全高進大会第三分科会における広告情報誌の不正確をめぐる議論」、昭和五八年二月一五日付「同年二月八日の埼玉県高等学校進路指導協議会における議論内容」、同年四月一五日付「進学情報誌の宅配問題を問う」、同年六月一五日付「無認可校の広告問題」、同年七月一五日付「一〇〇万人の名簿をちらつかせる大手業者商法を非難」、同年九月一五日付「同年の全高進大会における宅配・名簿提供批判発言」、「生徒名簿登録を断て」、昭和五九年一二月一五日付「千葉県主事会の昭和五九年アンケート結果・無認可校在籍者七割が認可校と錯覚」、昭和六〇年六月一五日付「千葉県主事会の同月一二日申合せ・生徒名簿の外部提供を認めず」等がある。

② 専修学校教育新聞は、昭和五八年九月一日付紙面に、ガイドブック等の問題点を指摘するG教諭の「専門学校に関する情報収集とその活用」と題する投稿を掲載した。

③ 日本教育新聞は、昭和五九年九月二四日付紙面に、全国工業専門学校協会の佐藤喬二事務局長の「広告については基本的な広告倫理綱領を作成する必要がある」旨の論説を、昭和六〇年三月一八日付紙面に、衆議院予算委員会における議論を報ずる「専修学校、誇大広告、国会でも論議」との見出し記事を、同年六月二四日付紙面に、千葉県主事会の申合せを報ずる「カタログ類は学校経由で」との見出しの記事を、各掲載した。

(二) 一般紙

① 朝日新聞は、昭和五六年一二月一日付紙面に、「倒産した無認可校武蔵野ビジネス学院は、進学情報誌への広告費が過大であった」旨の記事を掲載し、昭和六〇年八月から九月にかけて、「新潟版」(八月二一日付)、「山形版」(同月二五日付)、「宮城版」(同月二七日付)、「栃木版」(同月二九日付)、「茨城版」(同日付)、「岩手版」(九月一日付)等に、千葉県主事会の申合せの内容を、各掲載した。

② 読売新聞は、昭和六〇年二月二六日から同年三月七日まで「見直される専修学校」との表題で、専修学校制度を取り巻く問題点を取り上げて連載し、その中で、千葉県主事会のアンケート結果を引用し、「専修学校のカタログ集は、マユにツバをつけて見なければならないことは自明の事実である」、「これまで文部省は、専修学校については自由競争に任せてきた、その結果が問題校の存在となって現われている」旨の記事を掲載し、同年三月二一日付朝刊で、「認識を深めたい専修学校制度」との表題で、千葉県主事会のアンケート結果を紹介し、進路指導に当たる教諭に一層の研究を期待したい旨の社説を掲載し、同年六月三〇日付紙面に、「専修学校発展へ努力を」との題で、千葉県主事会の申合せの内容と解説記事を掲載した。

(三) 単行本

① 昭和五七年九月一〇日(玄同社発行)本多二朗・永井順国(読売新聞)、平松茂(時事通信)、矢倉久盛(毎日新聞)共著「徹底取材・選ぶまでのチエックポイント」は、専修学校への進路指導の実態や進学ガイドブックの宅配の実態を批判的に紹介している。

② 昭和五九年一月二五日(エール出版発行)土谷厚著「ダメな専門学校採点」は、リ社が進学情報誌宅配のために、高校側から生徒名簿登録カードを入手しているが、なぜ一民間業者であるリクルートの営業活動に教師が手を貸さなければならないのか疑問であるとしている。

③ 昭和六一年七月三〇日(オーエス出版発行)西島芳男著「専門学校良い校悪い校普通の校(広告ガイドブックにだまされない)」は、リ社進学ブックの広告掲載料金が高額で、誇大広告・無認可校が掲載されていることを指摘している。

(四) 週刊誌

① 昭和五八年三月三一日号の週刊文春は、「落ちこぼれ受験生を待ち受ける専門学校の甘い罠」との見出しで、リ社進学ブックの内容、宅配のための名簿作りを批判する記事を掲載した。

② 昭和六〇年一〇月一日号の週刊朝日は、「短大・専修学校の選び方」との見出し記事の中で、千葉県主事会の申合せの内容を掲載した。

③ 昭和六〇年一〇月二九日号の週刊ポストは、リ社がリストを商売に利用していることを指摘し、千葉県主事会の申合せに関する記事を掲載した。

4  国会における質疑

(一) 昭和五九年四月六日の参議院文教委員会において、粕谷照美議員(社会党)から、「進学情報誌に掲載されている専修学校等の生徒募集に誇大広告があり、高校生の進路指導の情報としては問題があるのではないか」旨の質問が行われ、また、同月二〇日の衆議院文教委員会において、伏屋修治議員(公明党)から「準学校法人として認可を得ているのに、実態が杜撰な専修学校が存在するが、文部省はどのような措置をとっているか」旨の質問が行われ、政府委員の阿部充夫文部省管理局長は、右各質問に対して、いずれも、「文部省は、各都道府県に対する主管課長会議等で(専修学校の監督官庁である)各都道府県を指導すると同時に、専修学校の団体等に対してもいろいろと注文をつけている」、「最近、専修学校等の情報提供の場として、東京都の専修学校団体と高校教師との間で、年に何回か協議会を開いて、情報交換をしており、この傾向はさらに広がって、専修学校側と全国の高校進路指導協議会との間での協議も始まっている」旨の答弁を行った。

(二) そして、昭和六〇年三月七日の衆議院予算委員会第三分科会において、斎藤実議員(公明党)から、「千葉県主事会が昨年実施したアンケートによれば、専修学校に進学した生徒のうち、その七一パーセントがカタログでその専修学校の存在等の情報を得ており、進路指導担当の教師から情報を得て入学した者は僅か六パーセントにすぎないという結果が出ているが、高校の教師が適切な進路指導を行えるようにするために、信頼できる第三者機関を設置して情報を提供する必要があるのではないか」、「専修学校の募集について、仲介業者が出している分厚い豪華な進学ガイドブックがあるが、その中には、無認可校を認可校と誤解させるような広告や、施設設備・指導教育陣・就職先の成果等の点で誇大な広告が掲載されている。抜本的な対策を検討すべきではないか」旨の質問が行われ、これに対して、政府委員の國分正明文部省高等教育局私学部長は、「第三者機関を作ることについては、私どもでどうこうできる問題ではない。問題は、生徒の進路指導に関して的確な情報を提供する点にあり、(文部省は)専修学校の正確な情報を提供するということで、かねてから指導しているが、東京都内の専門学校と関東近県の高校教師とが合同して専門学校進学指導研究会を設け、そこで情報交換をしている例もあり、また、専修学校関係者で構成している財団法人専修学校教育振興会と全高進とが協力して専門学校進学に関する情報委員会を設けるという動きもある」、「文部省の専修学校振興に対する力点は、教育条件の整備、質的な向上等にあり、(文部省は)六〇年度予算で八〇〇万円程度の調査研究費を計上しており、これにより、行政サイド、各県の担当者、団体関係者、高校の進路指導担当者等を集めて、専修学校の質的向上、進路指導のための情報提供等の点を検討していただくことになっている」旨の答弁を行った。

(三) さらに、同年四月二日の参議院文教委員会において、前記粕谷照美議員から、「専修学校等の条件整備と誇大広告に対する対応策」についての質問が行われ、また、同月一七日の衆議院文教委員会において、前記伏屋修治議員から、前記3(二)②の読売新聞の連載記事を引用して、専修学校認可設置基準、私学振興助成法の適用及び進学情報誌の誇大広告についての質問が行われ、いずれも、前記國分私学部長が、「専修学校等の誇大広告については、主管課長会議等で適正な指導をお願いしている」旨の答弁を行った。

(四) なお、被告人は、右(一)ないし(三)の各委員会のすべてに、文部省初中局長の立場で、政府委員として出席していた。

5  総務庁の行政監察

総務庁は、総務庁設置法(昭和五八年法律七九号)により、総理府と行政管理庁の統合再編成によって、総理府の外局として設置され、昭和五九年七月一日同法の施行に伴い、同日、総理府設置法の一部を改正する等の法律(昭和五八年法律八〇号)二条により、廃止された行政管理庁が行っていた事務をつかさどるに至ったものであるところ、総務庁行政監察局は、各行政機関の業務の実施状況を監察し、必要な勧告を行うことを任務とし、文部省に対しては、概ね年に一度、行政監察を行って、勧告を行うのを常としており、その監察項目は、国会において問題とされたり、地方の監察局から提案されてくるものなどを参考として、今日的な問題を採り上げることとしていたが、昭和六〇年度に文部省に対して行う監察のテーマについては、前記1の行政管理庁当時、昭和五六年に文部省に通知した「専修学校の中には、基準を遵守しておらず、必ずしも制度の趣旨が生かされていない実態が見られる」との事項について、その後、改善が十分なされていないとみられたこと、専修学校制度が発足して一〇年になること、などの点から、昭和六〇年三月ころ、昭和六〇年度については、「専修学校の管理運営に関する行政監察」を行うことに決定した。

そして、同年一〇月から一一月にかけて事前調査を、同年一一月から一二月にかけて計画策定をそれぞれ行い、同年中に、文部省私学部に対し、その旨連絡の上、必要な資料を取り寄せ、昭和六一年一月から三月にかけ、北海道、宮城、埼玉、東京、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡の九都道府県の合計一三一校の専修学校を対象として実地調査を行った。その結果、専修学校における生徒募集に当たっての虚偽・誇大広告等適切を欠くものが多くあり、至急改善措置を講ずる必要があるものと判断され、その旨の勧告を行うことが決定された。

そこで、総務庁行政監察局は、昭和六一年一〇月に勧告案の原案を作成し、同月三一日、文部省に対し、「文部省は、① 専修学校の入学案内、募集広告に、学科ごとの授業内容・取得可能な資格・卒業生の進路等の情報が的確に記載されるよう指導指針を作成すること、② 都道府県に対し、専修学校における入学案内・募集広告の内容の適正化を図ることなどの点につき指導すること、などの改善措置を講ずる必要がある」旨を内容とする「専修学校の管理運営に関する行政監察結果報告書(案)」と題する書面を提示して意見を求めた。

そして、同年一一月二〇日から三回にわたって、文部省側(窓口は、高等教育局私学部私学行政課)と「事実確認」(正式な勧告前に、勧告案を相手方省庁に提示して意見を求める手続)を行ったところ、文部省側は、総務庁が実地調査した虚偽・誇大広告等があるとの専修学校の実状については、指摘どおり認めたものの、「文部省が指導指針を作成するのではなく、専修学校団体が自主規制の動きを見せているので、自主規制を側面から援助する方がよい」との考えを示して、「虚偽・誇大広告を防止するためには、自主規制に任せるという考えは生ぬるいから、文部省が指導指針を作成すべきである」とする総務庁側の見解を受け容れず、同年一二月二日付で、総務庁に対し、「文部省が、専修学校運営の細部にわたる指針を定めて指導することは適切でない。貴庁におかれては、行政上必要と思われる改善事項の摘示に止められ、勧告を受け具体的な行政措置をどう講ずるかについては、当省に委ねられるのが相当である」旨を内容とする文部省高等教育局私学部私学行政課作成名義の「専修学校の管理運営等に関する行政監察結果に基づく勧告(案)について」と題する書面(被告人が事務次官として決裁)を提示した。

しかし、総務庁は、その見解を変更せず、昭和六二年一月一二日付総務庁長官名で文部大臣に対し、「専修学校の管理運営等に関する行政監察の結果(勧告)」と題する書面により「文部省が指導指針を作成すべきである」旨を内容とする勧告を行った。

三  文部省の対応

1  文部省の権限及び被告人の職務権限

文部省は、国家行政組織法三条二項、文部省設置法三条一項により設置された政府機関であり、同省(被告人が文部事務次官在任当時)には、大臣官房及び初等中等教育局(初中局)、教育助成局、高等教育局、学術国際局、社会教育局、体育局の六局が設置されており(国家行政組織法七条一項、昭和六三年六月一七日改正前の文部省組織令一条)、同省は、文部省設置法五条に基づき、同省初中局の後記所掌事務のほか、専修学校教育の振興及び基準の設定に関すること(文部省設置法五条六三号、昭和六三年六月一七日改正前の文部省組織令四六条三号及び四号)、同省が所管する大学審議会(文部省組織令四一条六号)をはじめ、各種の審議会等に関することなどの事務を所掌している。

初中局は、初等教育(小学校及び幼稚園における教育=文部省設置法二条二号)及び中等教育(中学校及び高等学校における教育=同条三号)に関し、学校管理、教育課程、学習指導法、生徒指導その他初等中等教育のあらゆる面について、教育職員その他の関係者に対し、専門的、技術的な指導と助言を与え、研究集会等を主催し、又はこれに参加すること(文部省組織令八条三号イ、ロ)、初等中等教育における進路指導に関し、援助と助言を与えること(同条七号)、教育課程審議会に関すること(同令一四条一項五号、二九条六号)などの事務を所掌しているところ、右進路指導に関する指導、援助等の中には、高校の進路指導教育における進学情報誌の取扱等に関する指導、助言、援助等も含まれている。そして、初中局は、右権限に基づき、都道府県教育委員会や都道府県知事を通じて、又は「指導書」(進路指導の手引)等の作成・頒布、全国の進路指導担当教諭を対象として「中央講座」と称する研修会や都道府県等の教育委員会の進路指導担当指導主事を対象とした研究協議会等を主催し、全高進大会等の教諭の自主的協議会等に講師や助言者等を派遣するなどして、各種の方法で高校の進路指導教諭等に対し、進路指導のあり方についての文部省の指針等を周知徹底させ、必要に応じて、随時、都道府県教育委員会等に対し、通達・通知等を発出して、実態調査の実施を要請したり、不適正な点の是正を求めるなどの指導、援助等を行っている。

なお、文部省高等教育局(私学行政課)は、専修学校教育の振興に関し、企画し、及び援助と助言を与えることなどの事務を所掌している(文部省組織令四六条三号、四号)。

そして、被告人は、初中局長在任中(昭和五八年七月五日から同六一年六月一六日までの間)は、初中局の右所掌事務につき、原議書の決裁等の方法により、部下職員を指揮するなどして、これら事務を統括する権限を有していたものであり、事務次官在任中(昭和六一年六月一七日から同六三年六月一〇日までの間)は、機関の長たる(文部)大臣を助け、省務を整理し、各部局及び機関の事務を監督する権限を有し(国家行政組織法一七条の二第二項)、文部省各部局の所掌事務全体を統括掌理していたものである。

2  行政管理庁の監察についての対応

文部省は、前記二1のとおり、行政管理庁行政監察局長から、昭和五三年四月一九日付で「専修学校の募集広告中に、入学者に誤解を与えるおそれのあるものが存在する」旨の監察結果通知を受けたことに対応して、同年六月二七日付で都道府県知事等宛に、管理局長名義の「専修学校募集広告等に適切な指導を行うこと」旨の通知を発出し、また、昭和五六年三月、行政管理庁行政監察局から、「専修学校の中には、基準を遵守していない実態もみられるので、実態把握に努めるとともに、必要に応じて適切な指導を行う必要がある」旨の監察結果通知を受けたことに対応して、同年四月三日付で都道府県知事宛に、管理局長名義の「教員数及び年間授業時間数の不足等設置基準等の不遵守等の不適切な事例に対しては、必要な指導を行うとともに、専修学校に対する指導の徹底を一層図る必要がある」旨の通知を発出した。

3  高校教諭等及びマスコミの批判等についての対応

文部省は、毎年、全高進大会には、初中局長が来賓として出席して祝辞を述べ、職業教育課の課長・課長補佐・進路指導担当教科調査官や高等教育局私学部私学行政課専修学校企画官らが全体会・分科会の助言者として出席しており、前記二2のリ社進学情報誌事業の問題点を指摘する高校教諭らの各発言を直接見聞しているが、これらの問題指摘及び前記二3のマスコミの批判等について、直接的な対応措置をとったことはなく、一般的な対応としてみられるものとしては、「専門学校進学情報委員会」への関与が挙げられる。

すなわち、昭和五八年夏ころ、全国の専修学校等が組織する全国専修学校・各種学校総連合会(以下「全専各総連」という。)の後藤三男事務局長から、「全高進側から、『信頼できる専修学校等の情報誌(専門学校概要)を作ろう』との話がきているので、その調整役をしてほしい」旨の依頼があり、これを受けて、当時管理局企画調整課(昭和五九年八月以後、高等教育局私学部私学行政課)の専修学校企画官(専修学校教育の振興に関する事務を担当)のH(以下「H企画官」という。)が、その組織づくりに関与し、昭和五九年四月一八日に、全専各総連傘下の組織である財団法人専修学校教育振興会内に「専門学校進学情報委員会」が設置された。そして、全専各総連及び全高進双方から各五名の委員が選出され、文部省側からは、H企画官(昭和五九年九月以降は後任のI企画官)及び初中局職業教育課教科担当調査官のJ(以下「J調査官」という。)が、助言指導者として派遣(被告人が最終決裁)されて、昭和六〇年三月ころまで専修学校等の情報誌「専門学校概要」の作成、誇大広告問題等についての協議・検討がされた。

しかし、同委員会においては、専門学校案内の統一様式等については検討されたものの、リ社等の媒体業者排除の意見や、信頼できる進学情報誌「専門学校概要」の発刊に向けての議論はなく、H・I企画官やJ調査官からも、右の点につき問題指摘等が行われることなく、結局、当初目的の信頼できる進学情報誌の発行には至らなかった。

なお、文部省は、前記二4(一)、(二)のとおり、国会審議における答弁で、全専各総連と全高進の右動向をとりあげ、「最近、専修学校等の情報提供の場として、東京都の専修学校団体と高校教諭との間で、年に何回か協議会を開いて情報交換をしており、この傾向はさらに広がって、専修学校側と全国の高校の進路指導協議会との間での協議も始まっている」旨の答弁を行っている。

4  労働省の「新規高校卒業者の職業紹介業務取扱要領」改定問題についての対応

労働省は、昭和五八年から、「新規高校卒業者の職業紹介業務取扱要領」について、「新規高校卒業者の職業紹介は、職業安定所が統一的に行う」とする方向で改定することを検討し、昭和五九年二月ころから、文部省の所管部局である初中局職業教育課との間で、改定内容取りまとめの協議を続けた。

しかし、文部省は、労働省の案に対して、「同案では、学校が主体的に職業紹介ができることを定めた職業安定法三三条の二が骨抜きにされる」旨主張し、同年四月二三日付でこれに反対する意見書を労働省に通知するなどして、折衝が行われた結果、同年七月末ころ、労働省側が、従来どおり、学校において高校生就職斡旋業務を行うことを認めることにより、この問題は文部省の意向が通った形で決着した。

5  国会における質疑についての対応

(一) 専修学校教育の改善に関する調査研究協力者会議

文部省は、前記二4(一)のとおり、昭和五九年四月六日の参議院文教委員会における粕谷照美議員の質問、同月二〇日の衆議院文教委員会における伏屋修治議員の質問が各行われた後、昭和六〇年度の予算要求において、専修学校等の問題点の検討を行うための「専修学校教育の改善に関する調査研究協力者会議」(以下「専修学校改善協力者会議」という。)を設置する予算要求をし、これが八〇〇万円の予算額で認められた。

その後、昭和六一年一月二三日付の高等教育局長裁定「専修学校教育の改善に関する調査研究の実施について」に基づき、同局に、専修学校改善協力者会議を設置した。同会議の調査研究事項は、① 社会的要請に応えうる専修学校の教育内容・方法等のあり方について ② 適正な生徒募集のあり方について ③ 中学校及び高等学校における進路指導の充実について、などと定められ、進学情報誌における「虚偽・誇大広告掲載問題」、「高校生リスト収集問題」、「宅配問題」等も含めて検討されることとなった。同会議の主管は、高等教育局私学部私学行政課であったが、調査研究事項が、初中局所管の中学・高校における進路指導のあり方も含まれていたことなどから、準備段階で、J調査官も委員選任等に関与した。選任された委員一五名は、専修学校理事長(全専各総連幹部)四名、高校校長・教諭四名(全高進幹部等)、中学校教諭二名(全中進幹部)、大学・短大教授三名、行政関係者二名で構成され、J調査官の推薦で、座長には、リ社から度々接待を受け、親リ社派と目されるK文教大学教授(日本進路指導学会会長)(以下「K座長」という。)が就任し、文部省側からは、事務局として、高等教育局私学部長、私学行政課長、I企画官(昭和六一年四月からは渡辺隆企画官)ら私学行政課の職員が出席し、J調査官もオブザーバーとして列席し、会議の内容を、その都度、職業教育課課長補佐に報告した。

そして、同会議は、昭和六二年六月まで九回の協議を重ねたが、その概要は、次のとおりである。

第一回(昭和六一年一月二九日)では、事務局から関係資料が配布された後、大森厚委員(全専各総連副会長)から、南関東ブロック専修学校等広告倫理綱領委員会(全専各総連傘下の全専各総連南関東ブロック会議=東京、神奈川、千葉、埼玉の専修学校等の組織が、昭和六〇年一〇月三〇日の総会で、虚偽・誇大広告等の自主規制案策定を目指して設置したもの)において、自主規制案を作成中である旨の紹介があった。第二回(同年三月一七日)では、リ社進学ブック等が資料として回覧され、「リ社進学ブックには無認可校も掲載されている」等の記載がある私学行政課作成の資料が配布され、G委員(都高進常任理事)が、同人作成の資料「専門学校に関する情報の現状と問題点」を配布し、リ社を名指しで、広告掲載料が高く、誇大広告があるなどと批判するとともに、「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」についても検討すべきである旨の意見を述べた。第三回では、都内の専修学校の視察が行われた。第四回(同年七月一七日)では、大森委員が、南関東ブロック専修学校等広告倫理綱領委員会作成の「専修・各種学校の表示に関する自主規約案」に基づき、「広告倫理綱領は、法的規制にはせず、あくまで自主規制で行っていきたい」旨の全専各総連の立場に立った意見表明をした。第五回(同年九月二五日)では、中学校における進路指導等についての意見交換等が行われた。第六回(同年一一月一七日)では、大森委員が、南関東ブロック専修学校等広告倫理綱領委員会において、九月四日に決定された「専修学校・各種学校の表示に関する自主規約(中間答申案)」を資料として提出し、その内容の説明を行った。第七回(昭和六二年一月二六日)では、大森委員から、前記「専修・各種学校の表示に関する自主規約」についての説明があり、事務局から、「行政監察結果報告書(前記二5)」と「専修学校教育の改善について」と題する報告案骨子(生徒募集の誇大広告に対する方策としては、専修学校が自主規制を行っていくことが最も望ましい旨の内容)が配布され、説明が行われた。第八回(同年三月二四日)では、事務局から、前記報告案骨子と同一内容の中間報告案が配布され、これについての意見交換が行われた後、K座長から「中間報告を、全専各総連及び各都道府県に送付し、意見照会をした上、報告書をまとめることとしたい」旨の提案があり、了承された。そして、その後、G委員は、事務局から提示された中間報告案には、「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」がとりあげられていなかったので、同案がそのまま最終報告になることを危惧した上、同年六月五日付で、「中学校・高等学校における専修学校への進路指導のあり方の部分に、『業者による生徒名簿の提出の依頼に対しては、生徒を保護する立場から、応じないようにすることが望ましい』という趣旨の文言を入れられればと思う」旨の「中間報告に対する意見書」を提出したところ、後記第九回会議の二、三日前に、渡辺企画官から、電話で、「意見書は受け取ったが、既に中間報告書を元にして最終報告を印刷中であり、先生(G)の意見を報告書に盛り込むことはできないので、第九回の会議で意見を発表していただいて、議事録に留めることで了承してほしい」旨告げられた。第九回(同月一八日)では、事務局から、最終報告案が示され、G委員から、前記意見書に基づき、「中・高校の教員は、業者による生徒名簿の提出依頼に対しては、応じないようにすることが望ましい」旨の意見が述べられ、意見交換が行われた後、K座長から、坂元弘直私学部長に対し、前記中間報告案と同一内容の「専修学校の進学情報誌等における生徒募集等の記載内容については、一部に誇大又は不正確なものがあり、そのため、広告表示の適正化を早急に図る必要があるが、その方策としては、専修学校が自らの問題として、一定の基準を策定し、自主規制を行っていくことが最も適切である。」などを内容とする「専修学校教育の充実向上について」と題する報告書が提出され、坂元私学部長は、「G委員の意見を踏まえて、今後文部省として専修学校の施策に当たっていきたい」旨の挨拶をした。

そして、結局、この専修学校改善協力者会議においては、「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」をとりあげることを強く求めたG委員の意見が出たにもかかわらず、他の委員から右に関連して目立った意見が出ず、また、文部省側からも、企画官らから特段の助言や提言もないまま、「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」については、全く明示的にとりあげられていない前記内容の報告書が提出されるに至ったものである。

(二) 中央講座のカリキュラム新設と進路指導の手引の改定

国会における前記二4の質疑後、初中局職業教育課は、進路指導教育の適正化を図る観点から、次の各行政措置をとった。

まず、昭和六〇年六月の文部省主催の都道府県教育委員会の進路指導担当主事及び各中学・高校の進路指導担当主事を対象とした中央講座のカリキュラム中に、「専修学校情報に関する講座」を新設した。しかし、その講師には、J調査官の推薦で、リ社のL教育機関広報事業部企画課長及びC次長が選任されており、右両名は、昭和六二年一月の総務庁による行政監察勧告(前記二5)が行われるまで在任した。

つぎに、昭和六〇年一〇月、文部省発行の進路指導の手引中に、進路指導教育における進学情報誌の取扱上の留意点を指摘し、高校生向け進学情報誌の取扱いについて注意を促す記載をした。しかし、右記載は、進路情報の収集・活用上の問題点として、「情報企業の提供による資料に依存しすぎている実態がある。独自の進路指導の手引を作成するなど創意工夫が望まれる」旨、また、高校における専修学校等への進学指導上の問題点として、「多数の媒体業者により提供される情報資料の量は多いが、高校側にとって進路指導上必要な情報の内容に関するものが少ない」旨、いずれも内容が抽象的であって、「誇大広告・無認可校掲載問題」、「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」については、直接触れるところがなかった。

6  総務庁の行政監察についての対応

昭和六〇年一二月、I企画官(H企画官の後任)は、総務庁行政監察局担当官から、専修学校の管理運営に対する行政監察を行うために必要な資料の提供を求められ、専修学校の関係資料を交付した。その後、行政監察局は、前記二5のとおり、昭和六一年一月から同年三月にかけ、九都道府県の合計一三一校の専修学校を対象として実地調査を行ったところであるが、文部省としても、これに関心を持ち、右九都道府県の各担当課に対して、右実地調査結果の取り寄せ依頼を行っており、もとより被告人は、同年六月一七日事務次官に就任当時、この間の経緯についての報告を受けている。

そして、文部省は、同年一〇月三一日、総務庁行政監察局から、前記二5のとおり、「文部省は、① 専修学校の入学案内、募集広告に、学科ごとの授業内容・取得可能な資格・卒業生の進路等の情報が的確に記載されるよう指導指針を作成すること、② 都道府県に対し、専修学校における入学案内・募集広告の内容の適正化を図ることなどの点につき指導すること」などを内容とする勧告案の提示を受け、三回にわたり、いわゆる「事実確認」を行ったが、「専修学校団体の自主規制を側面から援助する方がよい」との見解を撤回せず、被告人が決裁した同年一二月二日付高等教育局私学部私学行政課作成名義の文書で、総務庁に対し、「文部省が、専修学校運営の細部にわたる検討を定めて指導することは適切でない。具体的な行政措置については当省に委ねられるのが相当であると考えられる」旨の強硬な意見を記載した書面を提示した。

しかし、総務庁長官は、昭和六二年一月一二日付で、文部大臣に対し、「専修学校の管理運営等に関する行政監察の結果(勧告)」と題する書面により、「文部省が指導指針を作成すべきである」旨を内容とする勧告を行うに至ったところ、その後、文部省においては、指摘された「指導指針」の作成を検討することなく、都道府県教育委員会に対し、「専修学校における募集広告等の内容については、適正なものとするよう必要な指導を行うこと。このことは、専修学校の自主規制により行われることが最も有効かつ適正な措置であると考えられるので、積極的に奨励援助するよう努めること」を指導するに止まった。

7  リ社進学情報誌事業の問題点についての認識状況

文部省において、昭和五三年六月当時、既に、一般的に、専修学校等の募集広告中に、入学者に誤解を与えるおそれのあるものが存在することについて認識していたことは、前記二1及び三2の行政管理庁の監察結果通知と文部省の対応のとおりである。

そして、リ社進学情報誌事業の問題点、すなわち「高校生リスト収集問題」、「宅配問題」、「誇大広告掲載問題」及び「無認可校掲載問題」の各問題点については、前記二2及び三3のとおり、全高進大会における文部省幹部職員の全体会・分科会の助言者としての出席を通じて、昭和五八年夏の同大会以降、現場の教諭からの批判発言を直接見聞し、認識しているところである。

また、前記二3のマスコミの批判等については、業界紙の専門学校新聞、専修学校教育新聞、日本教育新聞等が、文部省各部署の課長補佐以上に配布されていること、殊に、事務次官室では(被告人在任中を含め)、一般紙の「朝日、読売、毎日、日経、産経、東京」、業界紙の「日本教育新聞、教育新聞、文教ニュース等」が講読されているとともに、広報関係部門から、毎日、文教関係の新聞記事の切り抜きが届けられて閲覧に供されていることなどに徴して、これを十分に認識し得る状況にあったものである。

さらに、国会における質疑とその対応については、前記二4及び三5のとおりであり、総務庁の行政監察とその対応については、前記二5及び三6のとおりであって、いずれもリ社進学情報誌事業の問題点を認識し、これを踏まえた上での対応である。

8  リ社役職員を各種委員に選任した状況

文部省は、法律又は政令に基づいて、その所掌事務を処理するに当たり、特定の事項について学識経験者等に調査審議等を行わせるため、「大学審議会」「教育課程審議会」等の審議会等を設置しているほか、同省の各部局においても、その所管事務遂行の一環として、その事務を効率的かつ的確に処理する目的で、学識経験者等を委員に委嘱し、特定の事項について検討させるための各種協力者会議を設置しているところ、文部省が、リ社役職員を、その所管する審議会、協力者会議等(以下「審議会等」という。)の委員に選任した状況は、以下のとおりである。

(一) 乙を、① 昭和五四年六月二二日から同五五年三月まで「専修学校生徒に対する修学援助に関する調査研究会(大学局学生課所管)」、② 昭和五九年四月一三日から同六一年三月三一日まで「大学入学者選抜方法の改善に関する会議(高等教育局大学課所管)」、③ 昭和五九年一〇月二二日から同六一年九月九日まで「学校法人運営調査委員(高等教育局学校法人調査課所管)」、④ 昭和六〇年九月一〇日から同六三年七月一一日まで「教育課程審議会(初中局小学校課所管)」、⑤ 昭和六二年九月一日から同六三年三月三一日まで「第二国立劇場設立準備協議会(文化庁文化普及課所管)」、⑥ 昭和六二年九月一八日から同六三年七月一一日まで「大学審議会(高等教育局企画課所管)」の各委員に選任した。

(二) L教育機関広報事業部企画課長(以下「L企画課長」という。)を、① 昭和五四年九月から同五九年七月まで「中学校・高等学校進路指導の手引作成協力者会議(初中局職業教育課所管)」(以下「手引作成協力者会議」という。)、② 昭和六〇年四月二六日から同六二年三月三一日まで「教員資格認定制度等に関する調査研究協力者会議(教育助成局教職員課所管)」、③ 昭和六三年五月二六日から同年一二月一二日まで「進路指導の総合的な実態に関する調査研究協力者会議(初中局職業教育課所管)」の各委員に選任した。

(三) C次長を、① 昭和五九年八月二二日から同六一年九月一六日まで(L企画課長の後任として)「手引作成協力者会議」、② 昭和六〇年九月五日から同六二年三月三一日まで(後記E進路情報部長の後任として)「産業教育の改善に関する調査研究協力者会議(初中局職業教育課所管)」(以下「産業教育改善協力者会議」という。)の各委員に選任した。

(四) E進路情報部長を、昭和六〇年五月二七日から同年九月四日まで「産業教育改善協力者会議」の委員に選任した。

(五) M専務取締役を、昭和六一年九月二四日から同六三年七月三一日まで(乙の後任として)「学校法人運営調査委員」に選任した。

被告人は、初中局長在任中(昭和五八年七月五日から同六一年六月一六日までの間)に、初中局職業教育課所管の「手引作成協力者会議」委員の委嘱・再委嘱の原議書の最終決裁(昭和五八年七月一五日付L企画課長の再委嘱〔前記(二)①〕、昭和五九年八月二二日付C次長の委嘱、同六〇年九月一七日付同人の再委嘱〔前記(三)①〕)、「産業教育改善協力者会議」委員の委嘱・再委嘱の原議書の最終決裁(昭和六〇年五月二七日付E進路情報部長の委嘱〔前記(四)〕、同年九月五日付橋爪の後任としてC次長の委嘱、同六一年四月四日付同人の再委嘱〔前記(三)②〕)及び「教育課程審議会」の委員選任原議書の決裁(昭和六〇年八月三〇日付乙の任命〔前記(一)④〕)を各行い、文部事務次官在任中(昭和六一年六月一七日から同六三年六月一〇日までの間)に、「教育課程審議会」の委員再任の原議書の最終決裁(昭和六一年九月二日付及び同六二年九月三日付乙の各再任〔前記(一)④〕)、「学校法人運営調査委員」の選任原議書の最終決裁(昭和六一年九月一〇日付M専務取締役の委嘱〔前記(五)〕)及び「大学審議会」の委員選任原議書の最終決裁(昭和六二年九月一一日付乙の委嘱〔前記(一)⑥〕)を、各行った。

9  被告人とリ社との関係

被告人は、昭和五一年、専修学校が、学校教育法の改正(昭和五〇年法律五九号、同五一年一月施行)により制度化された当時、専修学校等の問題を所管する文部省管理局振興課の課長として、右法改正に関与しており、専修学校等の制度に関する行政上の問題点(「教育内容の向上」「教育環境の整備」「教員の質的向上」等)があること、専修学校は、設置基準が厳しくなく、数も多いため、その中には、定員以上の生徒を入学させたり、生徒募集につき虚偽・誇大広告を行うなどする問題の多い学校が存在することなど、専修学校等の実態を十分認識していた。

そして、被告人は、昭和五一年五月、右法改正に係わったという立場から、リ社主催の専修学校等の経営者らを対象とした「各種学校セミナー」で講演を行い、以後、リ社と接触するようになった。

被告人は、初中局審議官をしていた昭和五二年ころ、新宿所在のスナック「あじさい」において、リ社のM専務取締役と知り合い、以後、同店等で同人と交際するようになった。

被告人は、管理局審議官をしていた昭和五五年四月一一日、リ社創業二〇周年記念式典に招待されて出席し、また、社会教育局長をしていた同年一二月九日、リ社の教育機関広報事業一〇周年記念式典に招待され、「リ社進学ブックは、専門学校等の振興に大きく貢献している」旨の祝辞を述べ、そのころ、M専務を介して、乙と知り合った。

被告人は、昭和五五年四月、社会教育局長に就任し、以後、リ社から、中元・歳暮を、昭和五七年七月文部大臣官房長就任以後は、右に加えて、年賀(自宅に伊勢海老等)、昇任祝儀、子息の結婚式(昭和六一年一月)の祝儀等の贈呈を受けるようになり、昭和五八年以降は、高級料亭等での飲食(主なものとして、昭和五九年三月一四日割烹「一直」、昭和六一年八月六日料亭「吉兆」、昭和六二年二月一二日料亭「光輪」、同年六月一五日料亭「金田中」等)、ゴルフ(昭和五九年一〇月六・七日岩手県「竜が森」、昭和六〇年九月七・八日右「竜が森」、昭和六一年八月一五日から一七日岩手県「メイプルカントリー」、昭和六二年八月二三日「大厚木カントリー倶楽部」等)の接待を受けた。

また、被告人は、昭和五九年一〇月ころから、前記一5のとおり、月に一、二回初中局長室に自由に出入りしていたリ社C次長から、リ社発行の「キャリアガイダンス」を受け取り、同人から、「リ社進学ブックは、大学進学用とか専門学校進学用など、高校生の進学別に分かれており、各高校で生徒から進学希望をとり、その結果に応じて大学進学希望者には大学進学用のものを、専門学校進学希望者には専門学校進学用のものを、学校や生徒の自宅に届けている」、「自分が所属している進路情報部は、リクルート進学ブックの配本を担当しているが、大方の先生方はリクルート進学ブックのことを大変喜んでくれており、配本にも協力いただいている」などの説明を受けていた。

C次長は、昭和六一年三、四月ころ、初中局長室において、被告人から、「子供の無人島体験という企画があり、スポンサーの公文が、今年降りたので、今年はリ社でどうか」などと言われて、財団法人青少年交友協会への賛助金の拠出方を依頼され、N教育機関広報事業担当重役(以下「N取締役」という。)と相談の上、「被告人からの協力依頼であり、今後のことを考えて、是非協力したい」旨の禀議書を作成し、その後、乙の決裁を得て、同年五月三一日、前記協会に一〇〇万円を寄付した。

四  リ社の対応

リ社は、前記一1ないし5のとおり、自社の進学情報誌事業において、最重要視される「高校生リスト収集」、利用度と広告効果の面で効率的な「宅配方式」等について、前記二1ないし5のとおり、各方面からの問題指摘・批判等が続出したため、事業自体の存亡に係わる危機感を抱き、総力を挙げて、「高校生リスト収集」と「宅配方式」を存続・維持させる方向で、それぞれの対応を講ずるに至った。

1  高校教諭等の批判についての対応

リ社の進学情報誌事業に対する批判は、前記二2のとおり、昭和五八年夏の全高進大会におけるD教諭らの発言によって、激化したが、リ社のE進路情報部長らは、右大会終了後、前記二2のD・板倉・渡辺各教諭と面談し、リ社に対する理解を求めるとともに、その後、リ社に批判的な教諭らに対して、中元・歳暮等を届けるなどの対策をとった。

2  専門学校進学情報委員会についての対応

また、リ社は、昭和五九年四月、全専各総連及び全高進双方から各五名の委員が選出されて、前記三3のとおり、信頼できる専修学校等の情報誌の発刊を目的とした「専門学校進学情報委員会」が設置されるや、同委員会が存続した昭和六〇年三月ころまでの間、同委員会の全高進側有力者のA委員及び文部省から助言指導者として派遣されていたJ調査官に対して、多数回にわたる飲食接待を行った(ちなみに、リ社接待伝票によると、右期間中、J調査官に対しては、少なくとも七〇回以上、A委員に対しては、少なくとも三五回以上の飲食接待が行われ、右のうち、右両名同席の接待は、少なくとも六回にのぼることが認められる。)。

3  千葉県主事会の申合せについての対応

リ社は、前記二2のとおり、昭和六〇年五月一日の千葉県主事会理事会において、F教諭が、「業者に対して生徒名簿提供をしない、宅配は一切認めない、などの申合せをすべきである」旨の提案をしたとの情報を逸早く入手し、そのような申合せがされることを阻止するため、進路情報部が、大阪方面の社員の応援も得るなどして、組織を挙げて対応することとし、同月下旬ころ、C次長とO高校課長(以下「O課長」という。)らが、千葉県主事会の有力者であるB理事(以下「B理事)という。)に面談し、「全面禁止ではなく、『原則として』との表現を入れて、各高校の判断の余地が残る形の申合せにしてもらいたい」旨の要請をして働き掛け、これに応じた同人から、F案に対する対案として同人作成の申合せ案のコピーを受け取り、さらに、同年六月五日ころにも、C次長とO課長が、B理事を寿司店で接待し、前同様の要請をし、同人から、「まあ、こういうことになる」などと告げられて、最終案のコピーの交付を受けた。

また、リ社は、千葉県主事会の有力者である常泉副会長、荒井元副会長らにも働き掛けをしたほか、同年五月下旬ころ、大阪から応援のため派遣された社員が、F教諭を訪問して、「私が来たことをお酌み取り願いたい」などと言って、リ社への理解方を求めた。

しかして、リ社のB理事らへの働き掛けなどが功を奏し、前記二2のとおり、千葉県主事会は、同年六月一二日、F教諭の提案より後退した内容の申合せを採択するに至った。

しかし、リ社は、右申合せが、「高校は、業者からのアンケート調査依頼・生徒の名簿提供に原則として協力しない」という厳しい内容であったこと、また、右申合せが、教諭個人レベルの批判ではなく、全高進傘下の千葉県主事会という公的色彩の強い団体の総会で決定されたものであること、右申合せの内容が、前記二3のとおり、専門学校新聞等の業界紙はもとより、朝日・読売等の一般紙によっても広く報道されたことなどから、この動きが全国的に波及することになれば、文部行政にも影響を及ぼしかねず、また、リ社進学情報誌事業に深刻な影響をもたらすことになりかねないものとして危機感を抱き、その後も、C次長、O課長らが中心となって、対応策を検討した。

そして、同年七月九日のリ社取締役会において、N取締役、C次長ら作成の「進学ブック配本をめぐる社会環境の変化について」と題する書面に基づいて、千葉県主事会の申合せへの対応策を検討した結果、「情報提供サービスの充実等で親リクルート高校を増やす。各県主事会、工業・商業・普通校等の校種別会等の複合的なリレーションを作るなどの対策を講ずること」などを決定した。その後、進路情報部所属の社員が、千葉県内の高校教諭、都道府県単位の進路指導担当主事会、全高進幹部等を訪問して、前記申合せの影響等を探るとともに、リ社への理解方を求めることに努めた。

4  昭和六〇年全高進大会についての対応

さらに、リ社は、同年七月三〇・三一日開催の全高進大会において、千葉県主事会の申合せ問題が議論されることを懸念していたところ、F教諭が、第三分科会(専修学校進学)に出席するとの情報を事前に得たことから、同教諭が、右分科会及び全体会において、右の申合せ問題に関連した提案ないし発言をすることを予測して、その動きを封じ込めることを画策した。そして、C次長が、後記全高進理事会の前に、A全高進事務局長(以下「A事務局長」という。)に対し、「今度の全国大会には、千葉県主事会のF先生が出席するそうですので、千葉の申合せに関連して意見が出るかと思いますが、なるべく全高進としてとりあげない方向でご配慮願います」などと述べて働き掛けたところ、これに応じたA事務局長は、大会前の同月五日開催の常任理事会で、F教諭が参加予定の第三分科会の司会者に、リ社に理解を示す全高進東海ブロックのP会長(県立愛知商業高校校長)を指名するよう配慮した。また、右理事会終了後、リ社進路情報部Qは、のちに右Pとともに第三分科会の議長となったR東海ブロック事務局長(県立愛知商業高校教頭)に対し、「なるべくF教諭の意見がとりあげられないように上手く議事を運んで下さい」などと述べて働き掛け、同人の了解を得た。

そして、全高進大会当日、第三分科会において、前記二2のとおり、G教諭が、「専門学校進学指導の現状と課題」と題する資料に基づく研究報告を行い、その中で、業者に対する生徒名簿提供をやめるべきである旨を強調し、また、F教諭も、予想どおり、右と同様の発言をしたが、リ社からの働き掛けを受けた議長団(前記P・R)から、「賛成・反対の意見がある」という形でまとめられたため、議論にまで至らなかった。さらに、翌日の全体会において、F教諭は、「高校生リスト提供問題等について、全高進でも音頭をとって千葉県のような申合せをやってほしい」旨提案したが、前同様にリ社からの働き掛けを受けたA事務局長が、「千葉県でとりあげている問題なら、関東ブロックを通して、そこから全高進に提案してほしい」などと応じて、F教諭の提案は、結局、議論されずに終わった。

なお、リ社は、A事務局長の要請により、右全高進大会に、賛助金二〇〇万円を拠出したが(例年一〇万円程度)、これは、千葉県主事会の申合せの影響が他県に広がるのを阻止するために、昭和六〇年大会における全高進との関係を一層配慮する必要があるものと判断したためである。

5  労働省の「新規高校卒業者の職業紹介業務取扱要領」改定問題についての対応

リ社は、昭和五八年末ころ、労働省が就職情報誌を規制する方向で職業安定法(以下「職安法」という。)の改正を検討している旨の情報を入手したが、情報の内容は、高校生の就職斡旋業務に対して、労働省が管理監督を強化するというものであり、そのような改正が行われると、労働省から、リ社の就職情報誌の内容を規制されたり、配本時期を制限されるなどして、就職情報誌事業に深刻な打撃を及ぼしかねない事態が予測された。

そこで、リ社は、この問題に対応するため、昭和五九年一月、社内に、S専務取締役を責任者とする「職安法対策プロジェクトチーム」を設置し、同年四月二七日の取締役会において、この問題を所管し、労働省と対立の立場にある文部省初中局職業教育課に対し、労働省の検討する「新規高校卒業者の職業紹介業務取扱要領(以下「業務取扱要領」という。)」の改正を阻止してもらうよう働き掛けることを決定した。そして、リ社のM専務及びT教育機関広報事業部次長は、同年五月一日、被告人(初中局長)を、飲食店「九州の旅」等で接待し、「業務取扱要領」問題についてのリ社の考え方を説明するなどして、理解を求めるとともに、また、前記S専務、E進路情報部部長(以下「E部長」という。)及びC次長らは、同月一八日、J調査官を料亭「まん賀ん」で接待し、リ社に対する協力方を求めた。

さらに、リ社は、全高進が、労働省の「業務取扱要領」の改正に反対の立場をとっていたことから、A事務局長に、全高進大会で改定に反対の決議をしてもらいたい旨働き掛け、全高進は、同年七月の大会において、反対の決議をした。

6  文部省の動向についての対応

(一) 千葉県主事会の申合せ採択後の文部省の動向についての対応

当時、リ社において、文部省リレーションの中心的担当者であったC次長は、昭和六〇年全高進大会終了の一週間位後、J調査官を訪問し、千葉県主事会の申合せを話題にするなどして、同人から文部省の反応を探り、同人から「(千葉以外の)ほかの県の動きは聞いていない」、「課長、局長(被告人)からは、何も聞いてないから、何も考えていないと思う」などと告げられ、また、同年九月七日・八日に被告人(初中局長)とH職業教育課長(以下「H課長」という。)をゴルフに接待して反応を探ったが、具体的な話が出なかったことから、文部省には、各高校に対しリスト収集に協力しないよう指導する動きはないものとの感触を得て、その結果を上司のN取締役に報告するなどした。

(二) 専修学校改善協力者会議についての対応

文部省高等教育局は、前記三5(一)のとおり、昭和六一年一月二三日、専修学校改善協力者会議を設置したが、C次長は、右会議の設置前に、J調査官から、会議の主な調査研究項目が「専修学校における適正な生徒募集のあり方」「高校における専修学校への進路指導の充実のための方策」と定められたこと、同会議の座長には、前記Kが選任される予定であり、J調査官もオブザーバーとして同会議に列席することになっている旨の情報を得た上、同会議の右調査研究項目の内容及び委員一五名中に、反リ社の立場をとる者もいるとみたことなどから、同会議が、リ社進学情報誌の「誇大広告・無認可校掲載問題」、「高校生リスト収集問題」、「宅配問題」等をとりあげる可能性があるものと危惧し、同年一月二四日及び三月一〇日のリ社教育機関広報事業本部会において、前記会議の調査研究項目について説明した上、「同会議の今後の動向を慎重に見守っていく必要がある」などと報告した。

そして、C次長は、K座長を、従来、度々接待していたところ、座長就任前の同年一月七日に、J調査官らと一緒に飲食接待し、就任後の同年二月二七日及び同月二八日にも、飲食接待を行った。その後、同年三月一七日開催予定の第二回専修学校改善協力者会議において、進学情報誌の誇大広告問題がとりあげられて議論されるとの情報を得たことから、同月一二日、N取締役らにも同席してもらい、K座長を、J調査官、千葉県主事会の有力幹部らと一緒に、「有馬屋」及び「クラブリサ」で飲食接待し、その席上、「リ社では誇大広告については広告掲載基準を設けるなどの自主的対応をしている」などと言って、リ社への理解方を求め、さらに、同月一四日にも、「銀座ピッコロ」で飲食接待を行った。

しかして、同月一七日の第二回専修学校改善協力者会議において、前記三5(一)のとおり、G委員が、同人作成の資料「専門学校に関する情報の現状と問題点」を配布し、リ社を名指しで、「広告掲載料が高い」、「誇大広告がある」、「無認可校の広告が紛れ込んでいる」などと批判するとともに、「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」についても検討すべきである旨の発言をした。

そこで、C次長は、当日、会議終了後、会議内容等の情報を得るとともに、リ社への理解方を求めるため、H課長及びJ調査官を、飲食店「みな」で接待し、さらにJ調査官を飲食店「銀座ピッコロ」で接待し、同月一九日にも、K座長及びJ調査官を、「銀座ピッコロ」で飲食接待した。また、C次長は、同年六月一三日、K座長を、同会議のU委員と一緒に、「有馬屋」及び「銀座ピッコロ」で飲食接待し、C次長が大阪支社に転勤後も、同年九月一七日ころ、リ社教育機関広報事業本部のVが、K座長を「銀座ピッコロ」で飲食接待し、同人から、その後の前記会議における審議内容等の情報を得た。

(なお、同会議が継続した昭和六一年一月から昭和六二年六月までの間において、リ社側がJ調査官に対し行った飲食接待は、リ社接待伝票によると、少なくとも四〇回以上であり、右のうち、K座長と同席の接待が、少なくとも六回にのぼることが認められる。)

(三) 文部省の各種委員選任についての対応

リ社は、昭和五九年一月一八日の取締役会(じっくりT会議)において、当時、労働省が、業務取扱要領の改正を検討しているとの情報を入手し、これが就職情報誌を規制する方向で行われることを危惧していたこと、また、建設省に対しては、住宅情報誌事業との関係で、さらに、文部省に対しては、進学情報誌事業との関係で、いずれも右各省庁からの情報を得るとともに、各省庁と緊密な関係をつくりあげる必要があること、そのためには、リ社役職員が各省庁所管の審議会等の委員に選任されることが望ましく、これにより、リ社及び役職員に対する社会的評価等も高まること、などを理由として、リ社役職員が、労働省・建設省・文部省の三領域で、委員会組織へ積極的に参画する旨の方針を決定し、右決定の内容は、社内報誌「RMB」にも掲載された。

そして、リ社役職員の文部省所管の審議会等の委員への就任状況は、右取締役会の決定前は、「専修学校生徒に対する修学援助に関する調査研究会委員」に乙が、「手引作成協力者会議委員」にL教育機関広報事業部企画課長が就任していた程度であったところ、右決定後は、「大学入学者選抜方法の改善に関する会議委員」、「教育課程審議会委員」、「第二国立劇場設立準備協議会委員」及び「大学審議会委員」に乙が、「学校法人運営調査委員」に乙及びこれを引き継ぐ形でM専務取締役が、「手引作成協力者会議委員」にL企画課長の後を引き継ぐ形でC次長が、「産業教育の改善に関する調査研究協力者会議委員」にE進路情報部長及びこれを引き継ぐ形でC次長が、「教員資格認定制度等に関する調査研究協力者会議委員」及び「進路指導の総合的な実態に関する調査研究協力者会議委員」にL企画課長が、それぞれ就任しており、前記取締役会の決定以後、委員就任が大幅に増加した。

そして、リ社は、昭和六〇年九月四日発行の社内報「RMB」の冒頭に、「乙が、同年九月に教育課程審議会委員に就任することになり、同審議会委員には、福井謙一京都工芸繊維大学学長、西原春夫早稲田大学総長及び諸井虔秩父セメント株式会社会長も就任を予定されている」旨を掲載するとともに、新卒者採用のためのリ社の事業案内にも、乙の右肩書を掲載した。

また、リ社は、昭和六一年一月二二日の取締役会において、文部省等の各省庁及び経済団体等の委員就任に関する事項を、社長室において一括担当する旨を決定し、以後、委員就任状況を社長室において取りまとめ、その結果を各取締役に報告していた。

五  本件コスモス株の譲渡状況等

1  本件コスモス株の譲渡状況

乙は、昭和六一年九月上旬ないし中旬ころ、リ社社長室から文部省事務次官室に電話をかけ、被告人に対し、「リクルートの乙ですが、関連会社のリクルートコスモスの株式を近々店頭公開するので、次官にも一万株ほど持っていただけませんか。価格は一株三、〇〇〇円です。詳しいことは当社の関連会社であるファーストファイナンスの丙が説明に行きます」旨告げたところ、これに応じた被告人は、「わかりました。丙さんにお目にかかります」旨答えた。その後、乙は、丙をリ社本社に呼び、「文部省の甲野さんにコスモス株を買ってもらうことになったから、融資の手続きをとってくれ。一万株で三、〇〇〇万円だ」旨告げて、被告人にコスモス株一万株を、ファーストファイナンス(リクルートコスモスがマンションを販売する際に、顧客に融資することを目的としたリ社の関連会社)の融資付きで譲渡する手続をするよう指示した。

そこで、丙は、直ちに、文部省事務次官室の被告人に電話をかけて、「乙から話があったと思いますが、コスモス株の売買の件でお伺いしたい」旨告げ、被告人の了解を得た上、その翌日ころ、株の譲渡に関する「株式売買約定書」、ファーストファイナンスからの融資に関する「金銭消費貸借契約書」等を準備して、文部省事務次官室に赴き、被告人に対し、右関係書類を示しながら、「乙から話があったと思いますが、コスモス株を、一株三、〇〇〇円で一万株ご購入の希望があれば準備できます。資金は、ご希望があれば、ファーストファイナンスから融資ができます」、「一応融資の期間は、一年間で、金利は七パーセント戴きますが、決してご損をおかけするようなことはありません」、「こことここに署名捺印をしていただければ結構です」などと説明した。

被告人は、丙の右申出を承諾の上、右必要書類を受け取ったが、妻にも一言話しておかねばと思い、「後日連絡する」旨告げて丙を帰らせ、帰宅後、妻にその旨告げ、そのころ、右必要書類の所定欄に自己の署名・押印をし、同年九月中旬ころ、丙を文部省事務次官室に呼び、右必要書類を手渡した。

本件で、被告人に譲渡されたコスモス株は、コスモスが、昭和六〇年中に第三者割当増資をした際に、新倉計量器株式会社(代表取締役新倉基成、以下「新倉計量器」という。)が引き受け購入し、次いで、昭和六一年三月三〇日、同社の関連会社である株式会社三起(代表取締役新倉基成、以下「三起」という。)に譲渡されたが、所有名義人は、変更されずに、新倉計量器のままとなっていた株を、乙が、三起から買い戻したものの一部であるところ、被告人が乙に支払うべきコスモス株一万株の代金三、〇〇〇万円については、ファーストファイナンスから、被告人に同株式を担保に貸付け、これを乙の三起に対する株買戻し代金として、被告人が三起に直接振込んで支払うこととした。

そこで、丙の指示で、ファーストファイナンスは、昭和六一年九月三〇日、被告人に対し、本件株式を担保に三、〇〇〇万円を貸付け、これを全額、三菱銀行神田支店の三起の当座預金口座に入金し、これにより、被告人は、代金の支払いを完了して、本件コスモス株一万株を取得した(なお、同日付で、三起が、被告人に、右株を三、〇〇〇万円で譲渡したとする株式売買約定書が作成されているが、本件株の譲渡の実体は、右のとおり、乙が、三起から買戻した株を、被告人に譲渡したものである。)。

そして、コスモス株は、同年一〇月三〇日、店頭登録されて、一株五、二七〇円の初値がつき、丙は、同日、被告人に電話をかけて、「コスモス株が五、二七〇円の値がついたが、どうしますか」旨株売却意思の有無を確認したところ、被告人は、まだ値上がりするとの期待から、一旦、「まだ売らない」旨答えたものの、その後、ファーストファイナンスからの借入金を返済しようと考え、同年一一月中旬ころ、丙に電話をかけて、六、〇〇〇株の売却依頼をし、同月一二日を約定日として、六、〇〇〇株が、一株五、四四〇円で売却され、同月一七日、売却代金から手数料等を差し引かれた三、二一九万八、三二〇円が、富士銀行虎ノ門支店の被告人名義の普通預金口座に入金された。

しかして、被告人は、同日、右売却代金から、前記借入金の元利合計三、〇二八万一、九一七円を、ファーストファイナンスの口座に振込送金をして弁済した(右金員は、翌一八日、富士銀行新橋支店の同社の当座預金口座に入金された)。また、被告人は、そのころ、同社から、右借入金の担保として差し入れていた残りの四、〇〇〇株の株券を受け取ったが、その所有名義人を新倉計量器としたまま、名義変更手続きをとることなく保有していた。

2  コスモス株店頭登録前後における被告人の言動

日興証券株式会社五反田支店のW営業員は、被告人長男の大学時代の後輩で、被告人一家と親しく交際しており、昭和六〇年六月ころ、株の取引口座(被告人、妻及び長女名義)を設けるに至り、被告人方に足繁く出入りし、ほぼ毎日、被告人の妻に電話をかけて、株取引の注文を受け、また、被告人からも、同年九月一一日に鐘紡株一、〇〇〇株、同年一一月一日に三和大栄電気株一、〇〇〇株の注文を受けるなどしていたものであるが、昭和六一年夏ころ、被告人方を訪問した際、被告人から、「コスモス株が上場されるらしいんだが、詳しい情報を教えてほしい」旨依頼され、勤務先の上司等から情報を得て、被告人の妻に、「値上がりするのではないか」旨伝えたが、さらに、被告人の妻から、「知り合いに大和証券の偉い人がおり、その人にも聞いてみるが、コスモス株のことをもっと詳しく調べてほしい」、「被告人がコスモス株を買いたがっている。いくら位で買えるのか聞いておいてほしい」などと依頼された。

そして、右Wは、コスモス株が店頭公開される前日ころ、被告人の妻に、「(コスモス株が)五、〇〇〇円の前半の値がつくと思う」旨告げて、買い注文を促し、同女から、被告人名義で一、〇〇〇株の買い注文を受け、翌日、日興証券五反田支店で五、一〇〇円台の指し値で買い注文を入れたものの、いわゆる「不出来」となって買うことができず、被告人の妻に、その旨報告した。

第三  弁護人の控訴趣意に対する判断

一  所論は、原判決において、文部省が、リ社進学情報誌発行事業の円滑な運営に関連する行政機関であり、その行政措置の内容如何が、リ社右事業の遂行に大きな影響を与える関係にあったから、リ社は、進学情報誌事業に関係する文部省の動向等の諸情報を逸早く入手し、適切な対策を講ずる必要性があり、リ社役職員を、文部省所管の審議会等の委員に選任するに当たり、その原議書を決裁した被告人の職務行為は、リ社進学情報誌事業に利益となる旨認定・説示しているが、文部行政とリ社進学情報誌事業との間には、原判決認定の関係は存せず、リ社は、文部省から情報を収集する必要性がなく、リ社役職員が文部省所管の審議会等の委員に選任されたとしても、リ社になんら利益とはならず、また、当時、リ社は、教育情報企業として高い社会的評価を得ていたから、同社の社会的評価がより高くなることはないのであって、リ社役職員を、文部省所管の審議会等の委員に選任するに当たり、その原議書を決裁した被告人の職務行為は、リ社進学情報誌事業に利益となる便宜供与に該当しないというべきであるから、原判決には、右の点で、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある旨主張する。

そこで、検討するに、リ社役職員について、文部省所管の審議会等の委員に選任する原議書を決裁した被告人の職務行為が、リ社進学情報誌事業に利益となる便宜供与に該当すると判示した原判決の認定・説示は、弁護人の主張に対する判断の点を含め、これを正当として是認することができるところであって、原判決に、所論指摘の事実誤認は存しない。

すなわち、リ社進学情報誌事業においては、高校生リスト収集が最重要視され、その実施の面で、高校の進路指導担当教諭らの継続的な協力を得ることが必要、不可欠であったため、リ社は、右教諭らとの親密な関係を築いて、支援や協力を求めるべく「高校リレーション」を行い、また、右教諭らに影響力を持つ全高進や関高進の有力幹部に対しても、飲食接待等の「全高進リレーション」を行っていたことは、前記第二の一4のとおりであり、リ社進学情報誌事業に対して、高校教諭、マスコミ等から、「高校生リスト収集問題」、「宅配問題」、「誇大広告・無認可校掲載問題」等に関して、問題点の指摘や批判が行われ、また、国会の質疑において、右各問題点が指摘されて、文部省の進路指導現場に対する指導が求められ、さらに、行政管理庁・総務庁の行政監察結果を通じて、右各問題点が指摘され、結論として、文部省の指導指針を作成すべきである旨の勧告が行われたことは、前記第二の二1ないし5のとおりであり、文部省が、高校の進路指導教育における進学情報誌の取扱いに関して指導、助言、援助等を行う権限を有していること、初中局長、事務次官であった被告人が右事項に関して職務権限を有していたことは、前記第二の三1のとおりであり、そして、文部省は、前記第二の三7のとおり、昭和五八年以降、リ社進学情報誌事業の各問題点について十分認識した上で、前記第二の三8のとおり、被告人において、その権限に基づき、リ社役職員を文部省所管の審議会等の委員に選任しているのであって、これに対し、リ社においても、昭和五九年一月一八日の取締役会で、役職員を文部省所管の審議会等の委員会組織へ積極的に参画する旨の方針を決定していることは、前記第二の四6(三)のとおりである。

しかして、以上の各事実に徴すれば、文部省が、リ社の進学情報誌事業に関連する行政機関であり、その行政措置の内容如何が、リ社の右事業の遂行に大きな影響を与える関係にあったことはいうまでもなく、リ社は、各方面からの批判等に対応するために、文部省の動向等の情報を入手し、その対策を講ずる必要があり、その観点から、役職員を文部省所管の審議会等の組織へ積極的に参画する旨の方針を採るに至ったことが明らかであり、したがって、リ社役職員について文部省所管の審議会等の委員に選任する原議書を決裁した被告人の職務行為が、リ社進学情報誌事業に利益となる便宜供与に該当することは、明白であるといわなければならないから、所論は採用することができない。

所論は、原判決において、文部省が、初等中等教育のあらゆる面において教育職員等に対し、「直接」援助と助言を与えることができる旨誤った説示をし、また、文部省が、進路指導に関する指導と援助を与える方法について、これをなんら限定していない点において、文部省組織令八条三号に違反しており、さらに、文部省の進路指導に関する法令上の権限と実務の運用とを区別せず、実務の運営について、全く判示するところがない点において、重大な事実誤認ないし判断遺脱がある旨主張するが、原判決の判文上、文部省が、初等中等教育のあらゆる面において教育職員等に対し、「直接」援助と指導を与えることができる旨判示しているものでないことは明らかであり、また、原判決は、初中局が所掌する権限の行使の方法を定めた文部省組織令八条三号を引用して、文部省が、高校の進路指導教育現場における進学情報誌の取扱い等に関して、指導、助言、援助を行う権限を有している旨説示しているところであって、権限行使の方法が無限定であるなどと判示しているものでないことが明らかであり、さらに、原判決は、前記したとおり、文部省が、法令上右権限を有していることを説示した上で、右権限に基づき、実務上の運用に当たっていることを認定しているところであるから、所論は採用することができない。

所論は、文部行政とリ社進学情報誌事業との間には何の関係もなく、リ社関係者は、当時、文部省が、高校生リスト収集等を禁止するなどの行政措置を採ることができるものと誤解していたものであるから、右の点を看過した原判決には、事実誤認があるなどと主張するが、文部省は、高校の進路指導教育における進学情報誌の取扱い等に関して、指導、助言等を与える権限を有し、その権限に基づいて種々の行政措置を講ずることができる立場にあることは、前記第二の三1のとおりであるから、所論は、その前提において失当であって、到底採用することができない。

所論は、リ社が、進学情報誌事業を円滑に行うために、文部省から、情報を収集する必要があったとしても、その情報源は、初中局職業教育課の教科担当調査官とその上司である職業教育課長に限られており(他部局には、そのような情報があるはずもない)、リ社役職員が、原判示の教育課程審議会、学校法人運営調査会及び大学審議会の委員に選任されても、進学情報誌事業に役立つ情報収集をすることは不可能であるから、文部省がリ社役職員を右審議会等の委員に選任したことはリ社に対する便宜供与に該当しないのに、右の点を看過した原判決には、事実誤認がある旨主張するが、進学情報誌事業に関係する情報は、職業教育課以外の部局(例えば、高等教育局私学部私学行政課専修学校企画官等)からも得られることが明らかであり、また、リ社が得ようとしていた情報は、進学情報誌事業に直接関係する情報に限られず、広く、リ社の事業一般に関係ある情報をも含むものとみられるところであるから、所論は、もとより採用することができない。

所論は、リ社役職員が審議会等の委員に選任されることは、同社の事業遂行上利益となるものではないから、これをリ社にとって利益であると認定した原判決には、事実誤認がある旨主張するが、リ社は、昭和五九年一月一八日の取締役会において、文部省に対しては、進学情報誌事業との関係で、情報を得るとともに、緊密な関係をつくりあげるために、リ社役職員が文部省所管の審議会等の委員に選任されることが望ましく、これにより、リ社及び役職員に対する社会的評価が高まること、などを理由として、委員会組織へ積極的に参画する旨の方針を決定していることは、前記第二の四6(三)のとおりであり、そして、現に、リ社の昭和六〇年九月四日発行の社内報「RMB」に、「乙が、同年九月に教育課程審議会委員に就任することになり、同審議会委員には、福井謙一京都工芸繊維大学学長、西原春夫早稲田大学総長らも予定されている」旨の記事が掲載され、また、新卒者採用のためのリ社事業案内にも、乙の右肩書が掲載されていることなどに徴して、リ社役職員が審議会等の委員に選任されることは、リ社の事業遂行上、利益とみられるものであることが明らかであるから、所論は採用することができない。

二  所論は、原判決が、被告人は、初中局長又は文部事務次官として、各種委員選任の原議書を決裁した旨認定している点について、被告人は、各種委員の人選に具体的には関係しておらず、決裁の多くは、被告人の具体的指示がないまま秘書・課長補佐等が代理決裁したものであり、また、被告人が自ら決裁したものは、課長段階で人選が確定している原議書に、体裁を整えるために決裁しただけであって、被告人が実質的に人選につき決裁をしたものではないから、右の点を看過した原判決には事実誤認がある旨主張するが、関係証拠によれば、被告人が各種委員の選任に関して、具体的に認識し、了解していたことは明らかであるとともに、そもそも、被告人が初中局長又は文部事務次官として行った原議書の決裁は、その職責上、決裁された事項について責任を負うべきことは当然であるから、所論は到底採用することができない。

三  所論は、本件コスモス株の譲渡は、乙が、被告人との間の個人的な交際に基づき行ったもの、ないしは、被告人の政界進出の資金提供であって、被告人の職務行為との間に対価関係がない旨主張する。

そこで、検討するに、被告人は、昭和五一年五月、リ社主催の「各種学校セミナー」で講演を行い、昭和五五年四月、リ社創業二〇周年記念式典に招待されて出席し、同年一二月、リ社の教育機関広報事業一〇周年記念式典に招待されて祝辞を述べるなどし、そのころ、先にスナック「アジサイ」で知り合い交際していたリ社M専務を介して、乙と知り合い、その後、リ社から、中元・歳暮・年賀、昇任祝儀等の贈呈、飲食・ゴルフ等の接待を受けるなどの関係が生ずるに至ったが、乙とは、リ社の接待の場で接触したり、同人が出席する文部省の審議会等の公的な場で同席したにとどまり、同人と個人的交際をしていた形跡の窺われないことは、前記第二の三9のとおりである。

そして、本件コスモス株(一万株)の譲渡は、被告人が事務次官に就任した三ヶ月後に行われ、被告人は、右株のうち六、〇〇〇株を、店頭登録の約二週間後に換金し、ファーストファイナンスに対する借入金の返済に充てていることは、前記第二の五1のとおりであり、被告人の政界進出を間近に控えた時期でないことはもとより、被告人と乙との間で、被告人の政界進出の話が出た形跡のないこと、などにも徴すると、本件コスモス株の譲渡が、乙と被告人の個人的交際関係に基づき行われたもの、ないしは、被告人の政界進出資金として提供されたものと認めることはできないといわなければならないから、所論は採用することができない。

所論は、原判決が、被告人は、乙及び丙から、本件コスモス株譲渡の話を持ち掛けられた際、近々公開予定の本件コスモス株が公開時確実に値上がりすることを認識していた旨認定している点について、被告人は、リ社の部外者であり、特別の情報を入手しておらず、株式投資に関する知識・経験が乏しかったから、本件コスモス株の株価が、店頭登録時に、確実に購入価格を上回るとの認識を持ち得るはずがないから、原判決には、右の点に関し、事実誤認がある旨主張する。

しかしながら、被告人は、本件コスモス株を譲り受けるに先立って、丙から、購入資金をファーストファイナンスから融資することができる、融資期間一年・金利七パーセントで、損をすることは全くない旨を告げられ、これを了解した後、右金利で、三、〇〇〇万円の融資を受けた上、本件コスモス株を購入したこと、そして、被告人は、コスモス株店頭登録の二週間位後に、購入した一万株中の六、〇〇〇株を、一株五、四四〇円で売却し、手数料を差し引かれた三、二一九万八、三二〇円を手にした上、前記借入金全額を返済し、手元に四、〇〇〇株を保有していたことは、前記第二の五1のとおりであり、また、被告人は、昭和六〇年六月ころ、株の取引口座を開設し、二度、株の注文を出しており、日頃株に関心を持っていたものであること、被告人は、昭和六一年夏ころには、コスモス株の上場についても、証券会社の知人に情報提供を求めていたことは、前記第二の五2のとおりであって、右各事実に徴すると、被告人においては、事前にその情報を得て、確実に値上がりするものと認識した上、本件コスモス株を購入したものであることが明らかであるから、所論は採用することができない。

なお、所論は、原判決が、被告人の本件コスモス株譲受け状況の事実認定につき、右のような認定事実では、乙から被告人に対する電話、丙と被告人との面談、被告人の必要書類への署名押印が同一日の出来事のように受取られるものであるから、杜撰な事実認定である旨主張するが、原判決は、昭和六一年九月上、中旬ころの事実として、所論指摘の一連の事実関係を認定しているものであることが、その判文上明かであり、原判決の右事実認定は、具体性を欠くものでないことが明らかであるから、所論は採用することができない。

その他所論は、原判決の事実認定を種々論難し、殊に、被告人を含め、本件関係者の各検察官調書の任意性・信用性を争うが、いずれも、証拠の評価に関する独自の見解であって、これを採用することができないものである。

四  そして、以上検討してきたところを総合すると、リ社役職員を文部省所管の審議会等の委員へ選任することが、リ社進学情報誌事業の遂行にとって利益となるものであると認定し、被告人が、乙及び丙から、右各種委員への選任に対する謝礼及び今後も同様の取計らいを受けたいとの趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、本件コスモス株一万株を、店頭登録後に見込まれる価格より明らかに低い一株当たり三、〇〇〇円で譲り受けたとの事実を認定した原判決は、その限度において正当であるといわなければならないから、論旨は理由がない。

第四  検察官の控訴趣意に対する判断

一  検察官の控訴趣意は、要するに、原判決において、前記第一の一の本件公訴事実につき、前記第一の二1のとおり、「被告人は、リ社進学情報誌事業の遂行にとって利益となる文部省所管の審議会等の委員への選任につき、被告人から種々好意的な取計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取計らいを受けたい趣旨のもとに、乙及び丙から供与されるものであることを知りながら、本件コスモス株を譲り受けた」旨の事実を認定しながら、一方、前記第一の二2のとおり、本件公訴事実中、「被告人は、リ社進学情報誌の配布に関して、高校の教育職員が高校生の名簿を収集提供するなどの便宜を与えていることについての被告人の対応につき、種々好意的な取計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、本件コスモス株を譲り受けた」旨の部分について、被告人の右対応を職務行為として認定することができない旨判示し、その理由として、本件当時の文部省においては、三年後の平成元年二月一三日に、「企業の行う進路希望調査については、生徒の名簿等を利用することにより営利を得ることを目的としているものには協力しないようにすること」などを内容とする初中局長通知が発出されたころの状況とは異なり、この種の通知を発出するなどの行政措置を講ずるのを相当とする認識状況に至っていなかったものであり、また、不作為としての職務行為を認定するためには、何らかの行政措置を、義務として採るべきか、裁量として採るのが相当かどうかを検討するに適する状況がなければならないところ、このような状況があったとは認め難い旨判示しているが、本件当時の文部省の認識状況についての認定に重大な事実誤認があるとともに、刑法一九七条一項にいう「職務」についての解釈適用を誤るものである、というにある。

二  そこで、判断するに、本件の昭和六一年九月当時、文部省及び被告人において、リ社進学情報誌事業が抱える重要な問題点、すなわち、各高校の進路指導担当教諭が、生徒(二年生)を対象として、氏名・住所・進学志望校等を記入させる進路希望アンケートを実施し、回収したリストをリ社に提供することは、特定の業者に対する便宜提供となり、高校生のプライバシー保護の面でも問題がある旨指摘されている「高校生リスト収集問題」及び、リ社進学情報誌が高校生の自宅に直接配達されることにより、進学情報誌の内容を高校教諭が把握できないため、生徒に対する適切な進路指導教育が阻害される旨指摘されている「宅配問題」についての認識状況は、前記第二において認定した本件事実関係に徴して要約すると、以下のとおりである。

(1)  昭和五八年夏の全高進大会において、現場の高校教諭らが、「高校生リスト収集問題」を指摘して、リ社進学情報誌に対する批判が激化した。

(2)  昭和六〇年六月一二日、千葉県主事会において、「高校生リスト収集問題」に関して、「アンケート調査・名簿提供には、原則として協力しないが、具体的には、各高校において十分検討の上対応する」旨の申合せが採択された。

(3)  昭和六〇年夏の全高進大会においても、現場の高校教諭らが、(2)の千葉県主事会の申合せ等を踏まえ、「高校生リスト収集問題」を指摘して、業者に対する生徒名簿提供を禁止すべきである旨主張した。

(4)  業界紙の専門学校新聞は、昭和五七年一月一五日付、昭和五八年四月一五日付で「宅配問題」をとりあげ、昭和五八年七月一五日付、同年九月一五日付、昭和六〇年六月一五日付で「高校生リスト収集問題」をとりあげた。

(5)  朝日新聞は、昭和六〇年八月から九月にかけて、新潟版、山形版、宮城版、栃木版、茨城版、岩手版等に、(2)の千葉県主事会の申合せの内容を各掲載した。

(6)  読売新聞は、昭和六〇年二月二六日から同年三月七日まで、専修学校制度を取り巻く問題点を指摘し、文部省の対応についても批判した記事を掲載し、同年六月三〇日付紙面において、(2)の千葉県主事会の申合せの内容と解説記事を掲載した。

(7)  その他、「高校生リスト収集問題」をとりあげた週刊誌としては、週刊文春(昭和五八年三月三一日号)、週刊朝日(昭和六〇年一〇月一日号)、週刊ポスト(同年同月二九日号)がある。

(8)  文部省は、毎年、全高進大会には、初中局長が来賓として出席し、職業教育課の課長・課長補佐・進路指導担当教科調査官や高等教育局の専修学校企画官らが全体会・分科会の助言者として出席しており、(1)及び(3)の各全高進大会においても、同様であり、同各大会における現場の高校教諭らの「高校生リスト収集問題」の指摘と、リ社進学情報誌に対する批判については、これを直接見聞していたところであり、「高校生リスト収集問題」をとりあげたマスコミ等については、これを認識し得る状況にあった。

以上の各事実に徴すると、文部省は、昭和五八年夏以降、リ社進学情報誌事業が抱える「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」について、これを十分認識していたものといわなければならず、また、被告人は、その当時、初中局長としての立場上、文部省の右認識状況と同様の認識状況にあったものといわなければならない。

そして、さらに、本件の昭和六一年九月当時における文部省及び被告人の右認識状況は、後記の諸事情に徴すると、より深められたものがあったといわなければならない。すなわち、原判決において、文部省の対応(行政措置)として評価されている点として、専門学校進学情報委員会への関与があり、これは、文部省が、昭和五八年夏ころ、全専各総連の事務局長からの依頼を受けて、「信頼できる専修学校等の情報誌」の作成を目指し、H企画官をして、全専各総連と全高進との関係を調整した組織づくりに関与させ、昭和五九年四月に、専門学校進学情報委員会が設置されたこと、同委員会が、全専各総連及び全高進双方から選出された各五名の委員で構成され、文部省側から、H企画官(同年九月以降、後任のI企画官)及びJ調査官が助言指導者として派遣されたものであることについては、ほぼ原判示のとおりである。

ところが、同委員会における検討は、昭和六〇年三月ころまで継続したものの、その結果は、専門学校案内の統一様式等について検討された程度であって、当初目的とした「信頼できる進学情報誌」の発刊には至らず、文部省側からも、右点について、問題指摘等が行われなかったことは、前記第二の三3のとおりであり、しかも、この間におけるリ社のA全高進側委員及びJ調査官に対する度重なる接待があったことは、前記第二の四2のとおりである。

そうすると、文部省の専門学校進学情報委員会への関与は、極めて不十分といわざるを得ないものであり、前記高校教諭等及びマスコミの批判等により指摘された進学情報誌の問題点についての文部省の対応として、これを積極的に評価することはできず、むしろリ社進学情報誌事業に便宜を供与する結果となったものといわなければならない。

また、原判決において、前同様に評価されている点として、専修学校改善協力者会議があり、これは、文部省が、昭和六〇年度に、専修学校等の問題点の検討を行うための同会議に八〇〇万円の予算措置をとって、昭和六一年一月二三日付で、高等教育局に、同会議を設置したものであることは、原判示のとおりである。そして、同会議は、委員一五名の構成で、調査研究事項を、 ① 社会的要請に応えうる専修学校の教育内容・方法等のあり方 ② 適正な生徒募集のあり方 ③ 中学校及び高等学校における進路指導の充実等として、進学情報誌における「虚偽・誇大広告問題」、「高校生リスト収集問題」、「宅配問題」等も含めて検討することとし、昭和六二年六月まで九回の協議を重ねた概要については、前記第二の三5(一)のとおりである。

しかしながら、文部省は、前記第二の二4(二)のとおり、国会における度重なる質疑・答弁を通じ、前記問題を検討するための同会議の必要性・緊急性を強調するなどして、予算措置までとったにもかかわらず、同会議の設置までに約一〇か月を要しており、しかも、同会議の座長には、リ社から度々接待を受けているKを就任させ、同人が、協議の間にも、リ社からの接待を頻繁に受け続けていたことは、前記第二の四6(二)のとおりである。そして、九回の協議を重ねた結果、G委員から、第二回及び第九回の各会議において、「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」を積極的にとりあげるべきであるとする意見が出されたにもかかわらず、これを明示的にとりあげることなく、「専修学校の進学情報誌等における生徒募集等の記載内容については、一部に誇大又は不正確なものがあり、そのため、広告表示の適正化を早急に図る必要があるが、その方策としては、専修学校が自らの問題として、一定の基準を策定し、自主規制を行っていくことが最も適切である。」などとして、「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」については、全く触れるところのない「専修学校教育の充実向上について」と題する報告書が提出されるに至ったものであることは、前記第二の三5(一)のとおりである。

そうすると、同会議は、確かに進学情報誌における「虚偽・誇大広告掲載問題」については検討を行ったものの、「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」については、協議を尽くしたということができない状況であって、同会議設置趣旨の大きな柱の一つである「中学校及び高等学校における進路指導の充実」との関係で課題が残ったものといわざるを得ず、前同様の文部省の対応として、到底これを積極的に評価することはできず、むしろリ社進学情報誌事業に便宜を供与する結果となったものといわなければならない。

このように、原判決において、文部省の対応(行政措置)として評価されている専門学校進学情報委員会への関与及び専修学校改善協力者会議の設置は、いずれも、文部省の対応としては不十分であって、これを積極的に評価することはできないものであるばかりか、文部省のこれらの対応を通じてみると、「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」については、これらを積極的にとりあげようとしない文部省の姿勢・対応が窺われるところであって、このような文部省の姿勢・対応が、リ社進学情報誌事業に便宜を供与する結果となっていることは明らかであるといわなければならない。

そうすると、本件の昭和六一年九月当時における文部省及び被告人の「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」についての認識状況は、単に、これらが抱える問題点を認識していたにとどまらず、これらの問題点について、文部省が何らかの行政措置(例えば、都道府県教育委員会等を通じて実態調査を行う。)をとることが、リ社進学情報誌事業に少なからぬ影響を及ぼすことを配慮した上、あえて積極的な対応をしなかったという認識状況にあったものといわざるを得ないのであって、原判決が、文部省の対応として評価した前記各点のほか、「リスト収集問題を検討対象とする動きが当時文部省内にあったか疑いが残る」旨認定しているところは、いずれも、本件当時の文部省の前記各問題についての認識状況に関する証拠の評価を誤り、事実を誤認したものといわなければならないから、これらの点に関する検察官の論旨は理由がある。

三  また、原判決が、平成七年法律九一号による改正前の刑法(以下「刑法」という。)一九七条一項にいう「職務」について、不作為としての被告人の対応が、公務員の職務行為に当たるというためには、「何らかの行政措置を、義務として採るべきか、裁量として採るのが相当かどうかを検討するに値する状況の存在」が必要である旨判示している点について判断するに、原判決によれば、要するに、「高校生リスト収集問題」について何ら行政措置を採らなかった被告人の対応を「不作為」としてとらえ、これが刑法一九七条一項にいう「職務」に当たるものと判断されるためには、「何らかの行政措置を、義務として採るべきか、裁量として採るのが相当か」という作為義務又は作為相当性の存することが必要であるとした上、本件においては、右の作為義務又は作為可能性が存しなかった場合であるから、被告人の対応は、職務行為に当たらないと解する結論が導かれているのである。

しかしながら、賄賂罪は、公務員の職務の公正及びこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであり、また、刑法一九七条一項にいう「職務」は、「公務員がその地位に伴い公務として取り扱うべき一切の執務」を意味するもの(最判昭和二八年一〇月二七日刑集七巻一〇号一九七一頁)であって、このような観点からすると、職務権限を有する公務員に対し金品が供与された場合において、それが、権限行使の対価として供与された場合であろうと、又は、権限不行使の対価として供与された場合であろうとで、公務員の職務の公正及びこれに対する社会一般の信頼を損なうという面では、何ら別異に取扱うべき必要がなく、したがって、公務員の職務上の対応が、作為であるか、不作為であるかにより、刑法一九七条一項にいう「職務」の解釈を別異にする理由は見当たらないというべきである。原判決の見解によると、公務員の不作為の態様における「職務行為」は、義務的なものに限定されることになりかねず、ひいては刑法一九七条一項にいう「職務」の範囲を不当に狭める結果となるものであって、公務員の職務の公正及びこれに対する社会一般の信頼を保護しようとする賄賂罪の本質に照らして、これに与することはできないといわなければならない。

これを本件についてみると、被告人において、本件当時、「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」について認識し、また、乙らが、これらの問題に関して、リ社進学情報誌事業の遂行に支障を及ぼす行政措置を採らなかった「被告人の対応」に対する謝礼及び今後も同様の取計らいを受けたい趣旨のもとに供与するものであることについて了解して、同人らから、本件コスモス株を譲り受けたことが認定される場合、被告人は、刑法一九七条一項にいう「職務」に関して、本件コスモス株を収受したものであると断ずることができると解すべきである。

しかして、原判決は、刑法一九七条一項にいう「職務」についての解釈適用を誤ったものであるといわなければならないから、この点に関する検察官の論旨は理由がある。

四  以上のとおり、所論が指摘する点は、いずれも理由があり、「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」についての「被告人の対応」を職務行為と認定することができないとした原判決の事実認定は、本件当時における文部省及び被告人の認識状況の点について、証拠の取捨選択及びその評価に重大な誤りがあり、その結果、事実を誤認したものであるとともに、刑法一九七条一項にいう「職務」についての解釈適用を誤ったものというべきであって、これらが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、被告事件について更に判決をする。

第五  自判

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五八年七月五日から昭和六一年六月一六日までの間、文部省初等中等教育局の局長として、教育課程・学習指導法等初等中等教育のあらゆる面について、教育職員その他の関係者に対し、専門的・技術的な指導と助言を与えること、初等中等教育における進路指導に関し、援助と助言を与えること、文部大臣の諮問機関である教育課程審議会に関することなどの同局の事務全般を統括する職務に従事し、その後、同月一七日から昭和六三年六月一〇日までの間、文部事務次官として、文部大臣を助け、省務を整理し、同省各部局等の事務を監督するなどの職務に従事していたものであるが、昭和六一年九月上、中旬ころ、東京都千代田区霞が関三丁目二番二号所在の文部省文部事務次官室において、高校生向けの進学・就職情報誌を発行して、これを高校生に配布するなどの事業を営む株式会社リクルート(以下「リ社」という。)の代表取締役社長をしていた原審分離前相被告人乙及びファーストファイナンス株式会社の代表取締役社長をしていた原審相被告人丙から、リ社が、被告人から、同社の行う右進学情報誌の配布に関して高校の教育職員が高校生の名簿を収集提供するなどの便宜を与えていることについての対応及びリ社の事業遂行に有利な同社役職員の前記教育課程審議会等文部省所管の各種審議会・会議等の委員への選任につき、種々好意的な取計らいを受けたことに対する謝礼並びに今後も同様の取計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、同年一〇月三〇日に社団法人日本証券業協会に店頭売買有価証券として店頭登録されることが予定されており、右登録後確実に値上がりすることが見込まれ、前記乙らと特別の関係にある者以外の一般人が入手することが極めて困難である株式会社リクルートコスモスの株式を、右店頭登録後に見込まれる価格より明らかに低い一株当たり三、〇〇〇円で一万株譲り受ける旨了承し、同年九月三〇日これを取得し、もって自己の前記職務に関して賄賂を収受したものである。

(証拠の標目)

別紙第二記載のとおりである。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、平成七年法律九一号による改正前の刑法一九七条一項前段に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、被告人が判示犯行により収受した賄賂は、没収することができないので、同法一九七条の五後段により、その価額を追徴すべきところ、被告人に譲渡された時点における本件コスモス株株式価格は、店頭登録日の現実の初値五、二七〇円と同一であると認められるから、これにより算出した価格である五、二七〇万円から株式取得に要した三、〇〇〇万円を控除した差額二、二七〇万円をその価額とし、被告人から右金額を追徴することとし、刑訴法一八一条一項本文により、別紙第一記載の訴訟費用は、これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、当時、文部事務次官であった被告人が、専修学校等から掲載料を得て、進学希望の高校生向けの生徒募集広告等を掲載する進学情報誌の発行事業を営むリ社の乙代表取締役及び同社の関連会社ファーストファイナンスの丙代表取締役から、自己の職務に関し、本件コスモス株一万株を譲り受けて、二、二七〇万円の利益を取得したという事案である。

被告人は、将来の我が国を担う青少年を育成し、国家社会発展の基盤を築く教育行政を所管する文部省の最高官僚である事務次官として、文部大臣を助け、文部省各部局の所掌事務全体を統括掌理するという極めて重要な職責を有する立場上、より廉潔であるべきことが強く求められていたにもかかわらず、文部省が、高校の進路指導教育における進学情報誌の取扱等に関する指導等の文部行政面において、職務上の関係を有するリ社から、中元・歳暮・年賀・昇任祝い等の贈答、高級料亭での飲食接待、ゴルフ接待等を受け続ける中で、前記乙らから、本件コスモス株譲渡の申出を受けるや、自らの重要な職責に対する自覚を欠き、規範的意識を覚醒させることなく、私利私欲に走って、本件犯行に及んだものであり、その結果、文部行政、ひいては、国家公務一般に対する国民の信頼を著しく失墜せしめた次第であって、もとより厳しく非難されるべきものといわなければならない。

殊に、被告人において、本件犯行中、リ社進学情報誌事業が抱える「高校生リスト収集問題」及び「宅配問題」について認識しながら、これに対応する行政措置を何ら採らなかった点は、高校の進路指導教育における進学情報誌の取扱等に関する指導等の文部行政面で、甚だ疑問のあるところといわざるを得ず、これが、教育現場の進路指導担当高校教諭らに及ぼした影響を軽視することはできないとともに、その反面、リ社進学情報誌事業に多大の便宜を供与する結果となったことは明らかである。もとより、被告人において、本件犯行中、リ社役職員を各種委員に選任した点も、リ社進学情報誌事業に便宜を供与する結果となったことは明らかであるが、右両者の便宜供与の結果をみると、リ社側が、進学情報誌事業の存亡に係わる危機感を抱き、総力で、高校生リスト収集と宅配方式の存続・維持のために対応した経緯からも認められるとおり、前記各問題を認識しながら行政措置を採らなかった被告人の対応には、右の各種委員選任の対応に比して、はるかに重大であって、より非難されるべきものがあるといわなければならない。

しかるに、被告人は、本件コスモス株を譲り受けたことは認めるものの、これを一般の商行為として購入したものであるとか、これが乙との個人的交際に基づくものであるとか、そもそもリ社進学情報誌事業は、文部行政に係わるものではないから、被告人の「高校生リスト収集問題」についての対応及びリ社役職員を各種委員に選任する原議書の決裁は、リ社に対する便宜供与となり得ないものであるとか、さらに、リ社役職員の各種委員選任には関与しておらず、体裁を整えるために原議書を決裁したにすぎないとか、誠に不自然・不合理で、無責任極まりない弁解をするに及んでいるのであって、全く反省の態度が認められず、犯情において悪質であり、甚だ遺憾な事態にあるといわなければならない。

したがって、以上の各事情に徴すると、被告人の刑事責任には重いものがあるといわなければならないところ、リ社側が、進学情報誌事業を存続させるべく、各方面からの批判等に対処するため、被告人に対し、積極的な働き掛けをしたという側面もあること、被告人は、約三四年間にわたり、文部省に身を置き、その間、文部行政面における業績を挙げ、大臣官房長、初中局長等を歴任した後、最高ポストの事務次官にまで昇進したものであること、また、本件の発覚により、長期間にわたって、被疑者・被告人の立場に置かれ、国民一般からの厳しい非難を受け続けるなどの社会的制裁を被っていることなど、被告人のために斟酌すべき諸事情も存するので、これらをも併せて考慮すると、被告人に対しては、主文のとおり、長期間の執行猶予を付した懲役刑に処するのを相当と思料した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中山善房 裁判官鈴木勝利 裁判官岡部信也)

別紙第一<省略>

別紙第二(証拠の標目)<省略>

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